22 砲台破壊3
砲台に突撃していく人間の兵士と、砲台を防衛しようとするネズミ型魔物ベラルーの軍団との戦いが続く。
カドリによる強化の甲斐もあって、人間側が優勢だ。数の上では若干少ないように見えるが、士気の高さと個人個人の屈強さで敵を圧倒している。
(カドリ殿、どうしたんだろ)
アレックスは砲身の後部、魔石破壊を目指していたところ、進むべき方角を確認していた。
「故に私は滑空する友を呼ぶ」
カドリが更に同胞を呼んだ。アレックスとは共闘したことのない魔獣であろう。これまで、空を飛ぶのはサグリヤンマだけであり、しかし、滑空はしていなかった。
(一体、どんな魔獣を?)
先程、独り言を拡声するという珍しい狼狽をあらわにしたカドリである。
新手を繰り出すほどの事態が起こっているのだ、とアレックスは察した。
(じゃぁ、一体どこが?どこに危険が生じているの?)
アレックスは塔の上から辺りを見渡す。
人間の軍勢は押している。同じくグロンジュラもまた自分の足元でベラルーの群れを蹴散らしていた。メイヴェルやカドリのいる城壁にはそもそも敵がいない。
どこも順調なのではないか。
アレックスは断じてから、再度自身の標的である魔石を見て、凍りつく。
(うっ、あれ、まさか)
アレックスですら分かるほどの悍ましい魔力を魔石が発している。赤い光がほとばしる中、ベラルーたちが作業を続けていた。
(そうか、完成はまだでも)
すでに砲身の形はあって、魔石には魔力もそれなりにみなぎっている。
追い詰めれば反撃のために発射してくる可能性は考えておくべきだった。ヘングツ砦を一撃の下に、葬り去ることは出来ずとも、人間の軍勢や砦に甚大な被害を与えることは出来る。
「それを防ぐために私とグロンジュラを特攻させた。でも」
アレックスは呟き、魔石の方へと再び走り出す。走るといっても、ほとんど跳躍の連続だ。取っ掛かりから取っ掛かりへ、ときにはカーンドックのいた小部屋を利用して、丸みを帯びた壁面を進行していく。
(私は手を緩めていない。グロンジュラだって。それでも間に合わなかった)
痛恨の思いを抱きつつも、まだ泥の大砲を発射されてはいない。
魔石に今、一番近いのは自分だ。アレックスは懸命に移動し、砲身の最後部に設けられた足場に到達した。
だが、ほとばしる赤い閃光の中、すでにベラルーたちが発射準備を終えたのか。立ち塞がってくる。数は20匹ほど。無視して魔石に取り付きたいが、それを防ぐ程度の数ではあるのだった。
「どいてっ!」
アレックスは槍を繰り出す。
「いかんっ!敵が砲撃を放つぞっ!させるなっ!」
どこからともなくレーンの叫びも聞こえてくる。だが、やはりだいぶ下からだ。
カドリの強化により、最初から撤退という選択肢など考えられない集団である。避難しようというつもりもまるでないらしい。
アレックスは槍を突き出し、引いてを繰り返す。一匹一匹は強敵ではない。20匹であろうと、強化された自分の相手でもなかった。
(でも、時間がっ)
焦りもあらわにアレックスは戦い続ける。少しずつ、何かレバーのような装置に近づけていた。
(多分、あれを下げて砲撃するんだ)
ひときわ大きな個体がレバーを押し下げようとしていた。
(させないっ)
アレックスは槍を投げようと思い立つ。自分は無防備となって討たれるが砲撃を防げれば、それでいい。
(あとはカドリ殿本人が)
覚悟を決めて投擲の体勢に入り、アレックスは、しかし思いとどまる。
「どいてって!」
生き残りのベラルー5匹ほどが身を挺して投げた槍を受け止められる位置についたのだ。
「だめっ!間に合わないっ!」
絶望してアレックスは絶叫する。
ベラルーがレバーを押し下げた。砲身の隙間から汚らわしい瘴気を発する泥が滲み出している。
もう槍ではどうにもならない。
「カドリ殿っ!」
押し寄せる無慈悲な泥の奔流にはカドリですら抗えないだろう。思い、アレックスはカドリの名前を叫んでしまった。
「すまない」
カドリの声が耳に響く。
だが、自分に向けられたものではないように思えた。
空から何かが飛来する。視界が翳ったことで、アレックスは気付く。ちょうど砲口のほうだ。
4本足の魔獣、左右の前後の足が皮膜で繫がっている。城壁から滑空してきたのだ。肌色の足が見えた。かなり大型の魔獣なのだ。
「君にはいつも負担をかける、ヒマクザル。すまない」
カドリが痛恨の思いとともにヒマクザルに謝罪する。どういうことなのか。
「えっ」
アレックスはすぐに気付くこととなった。
泥が溢れ出そうとした砲口をヒマクザルが身を挺して塞いでいる。
「クギャァァァァァ」
毒気にまみれた泥を一身で受け止めたヒマクザルが絶叫する。勢いを殺された泥に呑まれていた。やがて肌色の毛並みの身体は見えなくなって、ただの泥の塊となってしまう。
そして、ボトリと砲口から剥がれて落ちた。
人間が浴びるはずだった穢れた泥をヒマクザルが一身に受けた格好だ。
(この好機を逃すわけにはいかない)
瞬時にアレックスは残り五匹のベラルーを仕留めて思う。
カドリが言うには自分は痛い目を見る。それでも身代わりになったヒマクザルに比べてどうだというのだ。
輝きを失った赤い魔石が、眼前に反り立つ土の壁にはまり込んでいる。アレックスは勢いよく跳び上がり、槍の穂先を叩きつけた。
赤い魔石が粉々に砕け散る。
(あれ?)
だが予期していた痛みも爆発も何も無い。
ヒマクザルの受け止めた攻撃に赤い魔石も力を使い切ったのだ。爆発する魔力も失われている。
(カドリ殿の言っていた痛みは、あくまで砲撃よりも早く私が辿り着けた場合の話だった。つまり、ヒマクザルに私も助けられた)
カドリの言う『負担をかける』同胞というのは自分ではなく、ヒマクザルのことだった。
アレックスは気づき、ここでようやく戦場全体を気に掛ける余裕を得る。
既にネズミ型魔物のベラルーをレーン率いる軍隊が撃滅し、掃討している段階だった。
「聖女様っ!聖女様っ!」
メイヴェルが満面の笑顔で声援に応えて手を振っている。
腹は煮えたが気にしている場合ではない。
「ヒマクザルッ!」
アレックスは城壁を飛び降りるようにして、地面に降り立った。
「無茶をする。強化をかけ直す羽目になって、慌てたよ」
酷く疲れたカドリの声が響く。
どこか空虚な悲しみを抑えたような声音だ。
既にグロンジュラが泥をかき分けて、ヒマクザルの遺体を掘り出したところだった。
「聖女様っ!聖女様っ!」
未だにメイヴェルを称える声援が戦場を覆う。
(そうだ。皆の目にはメイヴェル・モラントの力で勝ったことになってて。それで)
本当は違うのだ。
それでもカドリ本人が何も言わない。
故にアレックスも何も言えなくて、口を噤むのであった。