21 砲台破壊2
「では、私を強化してください。いろいろ、諦めましたから」
アレックスは槍を持って告げる。
「憎しみに身を委ね」
カドリが笑ってから、また笑う。一度は本心からのもので、もう1つは強化のための作り笑いだ。
「私の痛みが薄く薄く広がって、どこまでも覆い尽くして、この世界を少しでも下へ下へと沈めていきますように。あなたの与えた痛みが私の感じる、この怒りに少しでも近づきますように」
カドリの呪詛とともに、アレックスの身体を黒い煙が包み込む。
怖いぐらいに力が漲るのを、アレックスは自覚した。
ウェイドンの村の時よりも、そして昨日よりも一段と深く、明らかに強くされている。
「行きます」
更に歌い続けるカドリに背を向けて、アレックスは昨日と同様に、直接、城壁から飛び降りた。
ちょうど、眼下では城門からヘングツ砦の兵士たちも整然と列をなして打って出ているところだ。
対抗して、魔物側の砦からも列をなして、二足歩行のネズミたちが武器を手にして、わらわらとあらわれた。
「故に私は黒い雲を呼ぶ」
カドリの歌声が耳に入った。
薄く霧のように黒い煙が戦場に立ち込める。
「故に私はクロクモを呼ぶ」
少し時間を置いて、カドリがグロンジュラも呼び出したようだ。
一瞬だけ振り向くと、ちょうど城壁を駆け下りてくるところだった。以前、共闘していなければ敵だと思ってしまうところだ。
(でも、カドリ殿の、戦力差をひっくり返す、あの能力があれば、楽勝なのでは?こんなことを考えるのは不謹慎かもしれないけれど)
グロンジュラの出現により、ウェイドンの村での戦闘をアレックスは連想してしまう。
それで足を止めることは当然しないのだが。
(あくまで、私の役割は砲台の魔石を破壊すること)
アレックスは今にもぶつかり合おうとしている、人間と魔物との戦場、その端を駆けるようにしていた。
それでもまったく敵がいないというわけにもいかない。
眼前に現れたネズミのベラルーを盾ごと槍で貫いて倒す。弱い相手であれば、駆け引きすら要らないほど、自分は強くされているのだった。
「来た」
足音も密やかに、グロンジュラが追いついてきて、自分と戦場の間を走る。
共に戦おうというつもりなのか、自分の速さに合わせてくれた。さらに行く手を防ぐベラルーの一団が現れる度、たやすく蹴散らしてくれる。
「ありがとう」
アレックスはグロンジュラに声を掛ける。戦場の騒がしさに紛れて、出した自分にも小さな声だった。
それでも、どうやら聞こえたらしい。
ブルッとグロンジュラが身を震わせた。昨夜の決起集会でも自分の近くに寄ってくれたのである。カドリの同胞としては新参の自分を気遣ってくれたらしい。
(魔獣にも、個性はある、か)
アレックスは走りつつ思う。近づくにつれて、塔が圧倒するかのように視界を占領する。
昨日はこの段階からサグリヤンマのヤゴたちとカーンドックが戦闘を始めており、自分はその間を縫っていたので、大きさに驚くどころではなかった。
(どこから上れば、速いかな)
近づくとかえって魔石の位置が分からなくなる。アレックスは見て取ろうとしたのだが。
グロンジュラが近づいていたベラルーの群れを足で蹴り飛ばし、一匹を捕えて牙を突き立てている。
『早く行って』と言われているような気がアレックスはしてしまう。
「分かってる」
アレックスは兜の内側で微笑んで告げる。
自分もなんとなくグロンジュラには親近感を抱いているのであった。
アレックスは塔の取っ掛かりに跳躍して乗ると、戦場を振り向く。パラパラと矢が射掛けられてくるのを槍で全て弾き飛ばした。
(やっぱり、こっちが圧倒している。多少、時間がかかっても今日中にこの塔を制圧して、魔石を壊すことも出来そうなのに)
グロンジュラまで呼び出して、自分に決死隊をさせるのはどういうことなのか。
(私の危険はどうでもいいけど。乱戦に加わったほうが良かったんじゃ?)
まして、魔石を壊すと爆発するのだというから、なおさらアレックスは疑問なのだった。
(カドリ殿のことだから、何かあるんだろうけど)
その『何か』に自分は気をつけなくてはならないのだ。
「うおおおおおっ!いいぞっ!突っ込めぇっ!」
兵士たちの指揮官レーンの叫びが聞こえてくる。
呼応する怒号からしても、やはりカドリの凶化が皆に浸透しているようだ。
「ピギィイイぃッ!」
さらにはネズミ型魔物、ベラルーの断末魔も至るところから響いてくる。
塔に登ったことで、アレックスの視界に白いローブを身に纏うメイヴェル・モラントも入ってきた。祈りを捧げている格好だが、実際はただそこにいるだけだと、アレックスは知っている。
(あの女)
どうにかしてやりたい。アレックスはちらりと思うも、すぐに我に返る羽目となった。
「いかんな」
カドリの声がどこからともなく聞こえてきた。
耳元で囁かれたように思えて、アレックスはキョロキョロと辺りを見回してしまう。だが、カドリの位置は変わらず城壁の上だ。
どうやら術で思わず、ただの独り言を拡声してしまったらしい。
それだけ、動揺してしまっているということだ。
(あの、カドリ殿が?)
カドリにしてはあまりに珍しい行動に、アレックスは不吉な思いを抱いてしまうのであった。