202 隣国の異変を受けて2
「聖女として、正式に陛下との謁見であれば、これが正装だから」
微笑んでフォリアは告げる。
「ですが」
コニスが不服そうな顔をして俯く。
「いずれ、こういう服装にも慣れなくていけないことはわかっているわ。でも、ベルナレク王国があの状況で。魔窟がある内は、聖女としての役割が、そういう場面が少なくないから」
フォリアは重ねて告げる。
クローゼットの中にはレックスが準備したらしいドレスやら何やらで溢れていた。似合いそうもない桃色の華美に可愛らしいものや派手な金色のものもあるが、気に入りそうな清楚な色合いのものも少なくなさそうだ。
まだ、手にとって落ち着いて吟味する気持ちになれない。
「いずれ、フォリア様も、式典とか祝宴とか、貴族の方との交流にお出になられるんですから」
更にコニスが言い募る。よほど、今回は好機だと思ったらしい。
だが、今はレックスを待たせているのである。今も扉の向こうから気配が伝わってきていた。
「そう、ね。その時はよろしくお願いします」
微笑んでフォリアは言い、ローブ姿のまま扉へと向かうのだった。
扉を開けると案の定、レックスがいる。
剣を腰に吊った、群青の騎士服姿だ。
「おや、今日こそはドレスが見られると思っていたのに」
コニスと似たようなことをレックスも口にした。
「そうなんです、殿下、フォリア様ったら、これが聖女としての正装だからって」
コニスの不満が再燃した。ややもすれば引き返してドレスを引っ張り出して来かねない勢いだ。
「まだ、私にはケリをつけなくてはならないことがありますから」
それもとびっきり重たいのが、とフォリアは心の内で付け加える。
隣でコニスが痛ましげな表情を浮かべていた。まだ若くて、20歳を超えたばかりらしい。やっかみもありそうなところ、気立ての良い侍女を選び抜いて付けてくれたのがコニスだった。
「あんなになるまで、苦しめられたというのに。まだそんなことを仰れるなんて」
コニスが更に言葉にも出していた。
「えぇ、そうよ。まだ本調子ではないけど。ベルナレク王国の全ての人が悪い人ではないし、私の力が必要なんだから」
フォリアは肩を竦めて応じた。
レックスもまた顔を曇らせている。
「それに私を助けてくれた人間もいて。それで、ここに帰ることが出来たのよ。悪いことばかりではないわ」
告げて、頭に浮かぶのはアレックスの顔だ。
(あの娘も、私がベルナレク王国からいなくなって苦労したんだろうけど。護衛団のみんなも死んで。そこに手を差し伸べたのが多分、カドリ。しつこく私を追撃していた一方で、そんなこともしてくれていた)
なんという、皮肉だろうか。思い返すと自分にとってたちが悪かったものの、カドリですらも悪い人間ではなかったのかもしれない。
(少なくとも、アレックスにとっては良い主人で。異性としても好きになるほどだったっていうこと)
それだけに、カドリによって攫われて弱らされた自分を見た時には衝撃だったのだろう。
(でも、そこで酷いことをさせないって、そんな風に思い至れるのが、アレックスの凄いところよね)
自分がレックスといつか結ばれたとして、更に何か非道をレックスが行ったとしたら。自分は同じことを思うことが出来るだろうか。
「私なら、隙をついて消し飛ばすかもしれないわ」
思わずフォリアは呟いていた。もし悪虐非道な皇帝ともなれば、神聖魔術を向けることは許されるだろう。
「ええっ、そんなにドレスがお嫌ですか?」
挙句、コニスからあらぬ誤解を受けてしまう。
「いいえ、違うのよ、コニスさん。今度、機会があったらお願いね」
慌ててフォリアは言い繕う。
カドリのせいで着せ替え人形をする約束をさせられてしまった。アレックスにとっては素敵な相手だとしても、自分にとっては疫病神だ。
「その時は私も同席するよ」
一連の流れを穏やかに見守ってくれていたレックスが言う。到底、悪虐非道な皇帝にはなりそうもなく見える。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。陛下のご用向きだというのに」
フォリアは縮こまって告げる。
今、レックスを待たせるということは、皇帝フリグス3世を待たせるということだ。
「いや、いいんだ。さすがに朝早過ぎるからね。いくら父とはいえ。それにしても、だいぶ血色が戻ったのではないかな?今日も君は素敵だよ」
臆面もなく、レックスが恥ずかしいほど直球に褒めてくれた。
「ありがとうございます。殿下や、コニスさんのおかげです」
肉体の負傷が無かったことも大きい。礼を言って頭を下げつつ、フォリアはチラリと思った。
(いちいち治してから戦わせるのは手間だものね)
自分を木偶として使おうとして、カドリが生け捕りに拘ったことが大きい。自分を負傷させては道具としての価値が落ちるのだ。
(心と身体は繋がっている、そういうことかしらね)
フォリアは心の内で結論づけるのだった。




