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179 翻弄される2

(しかし、よもや、こんなあやふやな戦いをすることになろうとはね)

 カドリはため息をつく。

 全ては『酷いことをしないで』というアレックスの子供じみた願いに起因している。

「カドリ殿は、そんな風に後ろめたいことがない方がいいんです」

 現にとても満足して嬉しそうに言うのである。

「別に私は聖女をどうかしたところで後ろめたさは感じないのだよ」

 カドリは言い放って、また後悔した。

 アレックスがまた酷く悲しげな顔をしたからだ。自分でも苦手だと思ったばかりなのだから口を慎むべきなのかもしれない。

「君の思うカドリをしてやろうというのだよ」

 カドリは仕方なく告げるのだった。

(同胞であるはずのレアンらには守ろうとしていた国を滅ぼされ、アレックスには絆されて魔窟に思ったとおりの戦いを挑めない。私はカドリとしては最低ではないか)

 カドリは自嘲する。

 こんなことになるぐらいならば、実力がなくともカドリらしいカドリの方がマシではないかと思う。なまじ力が強い分、レアンらに力を割かれても、アレックスのせいで妙な制約をかけられても、まだ動けてしまうのだ。

(そうだ、レアンらも私は見捨てられないのだからな)

 同胞の半数ほどがレアンについて南下していった。

 主力のアブレベントや索敵に優れたシークスジャッカルの群れ。鈍足だが強力なアカテカザミと人間好きのカガミカガチも一緒だ。

(まさかオニヅメカギバチまで護衛として連れて行くとは)

 アブレベント自らが積極的に声かけをしたのだろう。いくらレアンといえども魔獣たちに対し、単独でこれほどの影響力は発揮出来ない。

(まぁ、それだけアブレベントと意気投合して。そして両名とも明確に、ベルナレク王国は私のため潰すべきだと。そう結論づけてしまった)

 真摯に自分を心配し、ベルナレク王国に本気で愛想の尽きた面々を留める言葉をカドリは持たなかった。

(せめて、人々のため、私は私なりに魔窟からの魔物を封じてみせるしかない。国が駄目でも、国民だけは守らねば)

 名前が変わるだけだと思い定めるしかないのだ。

 カドリは自分にずっと言い聞かせている。

「あっ、敵」

 唐突にアレックスが呟き、身を離した。

 平原をのっそりと歩く茶色い影が見える。ウッドゴーレムだろう。

 アレックスの動きは戦いとなってからは、相変わらず鋭い。

 黒い直線となって、敵に真っ直ぐ突き進むや激突して木っ端微塵としてしまう。

(これで所作も日頃から美しければ申し分ないというのに)

 カドリは嘆息した。

「やりましたっ!勝ちました!」

 実際は手を振りながら、心底嬉しそうにして帰ってくるのがアレックスだ。風格もへったくれもない。尻尾があったなら振っているだろう。

 いつもなら調子に乗せてはいけないので、カドリとしてはたしなめるところなのだが。

 動きが速い。既にアレックスが密着している。

「良い腕前だった」

 仰け反るような体勢を取らされ、カドリはねぎらってしまっていた。

「ありがとうございます」

 言わせておいてアレックスが礼を言う。

 この娘には恥じらいというものがないのだろうか。

(こんなことなら、男と勘違いしたままのほうがよかったか)

 カドリとしては後悔したくなるほどだった。

 だが、今、密着してきて伝わってくる感触は女性のものだ。

「君は敵地で何をしようというのかね」

 カドリはなんとかアレックスを押し返して告げる。

 なお、本気を出されればひとたまりもない。くっつかれたまま剥がせないだろう。

「敵がいないから、くっつくんです。嫌ですか?」

 悲しげにアレックスが首を傾げて問うてくる。

「君はその、可愛らしくするのを止めたまえ」

 とうとうカドリは告げるのだった。

『だめか』と訊かれれば『だめだ』と答えられるのだが。『嫌か』と訊かれると回答が難しい。

「私、可愛くできてるんですね」

 せっかく叱ったというのに、アレックスが嬉しそうだ。

(そういえば女性なのだから、可愛いと言ってしまえば、たしなめるどころか褒め言葉ではないか)

 カドリは自らの言葉を呪う。挙げ句、とうとうアレックスには抱き着かれてしまった。そこまで気を許したつもりもないのだが、剥がそうにもカドリの非力では敵わない。

(まったく、なぜこんなことに)

 発端は聖女フォリアの拉致に成功したところからだ。

 あの時は次の戦いや展開にも希望が見えて安堵したものだが。そこから何か罰のように裏目裏目に物事が転じている。

 やはり聖女に粗相をすると罰が当たるものなのかもしれない。

 カドリはアレックスに抱き着かれたまま、深々とため息をつく。

 ふとイビルスコルプと目が合った。

「なんだね。その笑いは」

 カドリは咎める。笑い声など聞こえない。魂のあり様の話だ。

「私は何も彼女に気を許してはいない。今後も」

 カドリは言葉を切る。

 眼下でアレックスがまた悲しそうにしていた。こんなに表情豊かな人物だったろうか。

「今後のことはわからんよ」

 結局、カドリはどうしてかアレックスに厳しくなりきることが出来ないのであった。


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