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172 発覚3

 あくまでこの場から聖女フォリアが逃れたというだけのこと。自分の手から逃れたわけではない。

 すぐに追跡と思うことが出来なかった。

(アレックスが聖女フォリアを逃がした。その事実に少なからず狼狽してしまったね)

 カドリは自戒する。

 それ以上にアレックスの様子が今までと変わったことが原因かもしれない。

(今回のことでアレックスは成長したのかもしれない。それならそれで、これは、良かったのかもしれん)

 カドリは思うのだった。鉄扇でまた口元を隠したい半面、アレックスにまた押し下げられるだけの気もする。

 ただ見上げてくるばかりのアレックス。

「さて、では、聖女を追うとしよう。アレックス、君はいい。ここにいたまえ。そして公平を期するため、聖女の味方をしないでくれたまえよ」

 カドリは自分の思う落としどころを告げた。

 聖女フォリアを逃がしたこと。一度は仕方がない。だが2度目は許さない。

 有利なのは自分のほうだ。イビルスコルプもアサシンオウルも健在である。そして聖女フォリアの方は確実に弱っているはずだ。まだ遠くには逃げられてはいないだろう。

「それもしないでください」

 しかし、アレックスからは予想外にも反論が返ってきた。

 不服ということも違う。どこか悲しげだ。

 なぜか胸を打たれる。

(一体、なんだというのだ。先程から)

 さすがにカドリは苛立つ。自分の心の動きが気に入らない。レアンたちとのやり取りのせいだろうか。

(そもそもなぜ、アレックスを可愛いと、かねてから思ってしまっていたのか)

 期待していたのは当初、護衛としての役割だ。

「アレックス、いい加減にしてくれ。これは私の、君への最大限の譲歩にして、配慮だ。それが分からないとは言わせない」

 カドリは従者の槍使いであるアレックスに宣告した。これ以上、言い募るなら、さすがに罰を与える。心を鬼にするのだ。

(君の実力は、侮れんのだがね)

 正直、この場でアレックスが全力で徹底抗戦してくると困る。ただでは済まない。命までは奪おうとしてこないとは思うのだが。

 かなりの負傷者を同胞たちも出してしまうだろう。いまやそれほどの実力者なのだ。

(単独で渡り合えるのはイビルスコルプかアブレベントか。もはや同胞の中では五本の指に入るほどだが)

 この場で今抱えている槍でカドリを刺し殺すことも不可能ではないだろう。

 自分もアレックスには気を許している。自覚はあった。

「そういう、話じゃありません」

 初めてアレックスが俯いた。

 肩の線が思っていたよりも薄い気がする。華奢なのではないか。

「私と聖女らとの勝負だ。おそらくはブレイダー帝国の人間も接近しているはずだ。渡すつもりはない。こちらには国運がかかっている。だが」

 カドリはアレックスを見下ろして言葉を並べる。

「君の心に傷が残るようなことにはしないつもりだ。これだけでもかなり甘やかしているほうだ。君はこれ以上を求めるのかね」

 カドリは最早言い聞かせていた。なぜかアレックスの了解が無いと追えない。そんな心情になっている。

「はい」

 しかし、甘えん坊の槍使いが躊躇なく頷く。

 さすがにこの場で折檻するしかないのだろうか。

「カドリ殿は一つ、誤解をしています」

 思わぬ言葉をアレックスが発した。そしてまた顔を上げる。目に涙が溢れていた。

「何かね。この期に及んで」

 カドリは一応、きちんと聞く姿勢をとる。

「私、女の子です」 

 アレックスが端的に言う。

 思考が停止した。

「なに?」

 ゆっくりとカドリは訊き返す。この局面で自分は何を打ち明けられているのだ。

「私は、女です。カドリ殿のことが大好きなんです。だから、もう、こんな酷いこと、してほしくないんです」

 アレックスの紫色の瞳からポロポロと涙が溢れる。

 確かに自分はアレックスを男だと思っていた。思い違えてはいたのである。

 言葉を発することが出来なかった。

「大好きなカドリ殿に、こんなことしてほしくありません。それにもう、大丈夫なんです」

 アレックスが微笑んでいる。

 頭の中がごちゃごちゃだ。男性だと思っていた槍使いが女性だったからといって何だというのか。やるべきことは変わらないはすだ。

 だが、一方で、見れば見るほど、アレックスが少女にしか見えてこないという現実にカドリは混乱していた。

「私、逃がしちゃった時に、フォリア様に魔窟の討伐をお願いしました。フォリア様ならやってくれます。だから、もうわざわざ攫わなくたっていいんです」

 にっこりと無邪気にアレックスが微笑む。

(いや、アレックス。聖女フォリアを従えるのにはヘリック王太子らに箔をつけて、王政を安定するという目論見もあってだね)

 懇切丁寧に説明しようと思うも、カドリは止めた。

 意味がない。アレックスからしてヘリック王太子に好印象などあるわけもなく、そもそもレアンらがベルナレク王国を潰すのだから。

(聖女は逃がすわ、国は滅びそうだわ、一体、どうなっているのだ)

 初めてカドリは我が身を嘆いた。

 いつの間にか、『女の子』だと言う槍使いのアレックスがベソをかいてしがみついてくる。

 もう夢にも聖女フォリアに追っ手を差し向けるなど思ってもいない。

(だが、どうせ、この娘は私が捕らえ直しても、また逃がすだろう。いや、捕らえたところでベルナレク王国がこのザマでは) 

 最早、どうしていいのか、カドリですら分からなくなっていた。

 ただでさえ同胞であるアレックスが自分を『大好きだ』と言い放ってきた。

「まったく、君等はどうしろと言うのだね。私を好きだと言いつつ、真逆のことばかりするじゃないか」

 笑うしかない。

 カドリは乾いた笑い声をかすかにあげるのだった。

 

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