159 説得を受けて4
「君は先ほど、私の代わりと言っていたね。もし、不在の間に苦労をかけたことを言っているなら。それはすまなかった。そして、その任務はもう終わったのだよ」
更にカドリは告げた。扇子で口元を隠したままだ。本心を覗かれるのではないか。この話を始めてからそんな気分が拭えない。
(本来なら、私のようなカドリには隠すことも何も無いのだがね)
思えば少々、自分としても現状は苦々しいのだった。
「カドリ様だって分かっているのでは?所詮、聖女様に言いがかりの難癖をつけて追い出すような人たちです、私はもう、こんな国、なくなっても良いと思ってます。カドリ様のためにも」
思わぬことをレアンが言い出した。何とも言えぬ説得力を持つようになっている。
最初にあった時よりも魔力が強くなり、それにより向き合った時にカドリの感じる圧力も増している。
カドリからの魔力供与をきっかけに地力も増したのだ。思えばアレックスにも似たようなところがあった。
(私相手にもこれでは、ほかの人間も同様か。君も、化けたものだね)
こうして向き合っていても、自分を圧倒するような気持ちの強さをレアンも見せるようになっている。自分の留守を守り、あまつさえ勢力を増してすらいたというのは伊達ではない。
「私はこの国を滅ぼすなと言っているのだが」
それでもカドリは冷静に指摘した。自分が自らを見失うことはあり得ない。
「カドリ様はカドリだから、この国を滅ぼせない。それはベリー閣下との話を聞いていて分かりました」
レアンが何を伝えたいのか。カドリにはまだ分からない。
「でも、私はカドリ様ではありませんから。判断を縛るようなものは何も無いんです」
自分を見上げてレアンが言う。黒い瞳に自分の姿が映り込んでいた。
お互いに冷静だ。どこまでも冷静でありながら、話は平行線を辿っている。ベリーともよく起こっていた事態だった。
(国や政治の話をすれば、いつもこうなる)
カドリは思うのだった。
魔獣の同胞たちの方がその辺りは素直だ。所詮、人間同士のこと。他人事なのだから。
(彼らが人の戦いにまで関与してくれるのは、あくまで私への厚意に過ぎない)
かねてから、カドリはそう考えていたのだが。
「君は私の代わりにこの国を滅ぼすというのかね?」
カドリは余計なお世話であるとさすがに感じ始めていた。いくらレアンでもさすがに踏み込みすぎていて迂闊な物言いだ。
「ええ。カドリ様にはこの国を滅ぼせない。こんなにも尽くしては無にされて、を繰り返しているのに。先代のカドリ様たちを裏切れないから。ならば私たちがベリー閣下とともに、カドリ様の代わりにこの国を滅ぼします」
意図的にレアンが『私たち』という言葉を強調して告げる。
「私たちだと?アレックスも1枚噛んでいるのかな?」
驚くことではない。アレックスもかつての主聖女フォリアとの顛末から中央への恨みは深いのだから。
(そんな程度で驚く私ではないよ)
カドリは初めて扇子を口元から離した。もう、話は終わりだ。
「アレックスじゃありません。あの子にはまだ、何にも話ししてないですから」
何食わぬ顔でレアンが否定した。
「アブレベントたちも賛成してくれてます。もう、見てらんないって、そう言ってましたよ」
さらりとそしてレアンが加えるのだった。
同時に地面が揺れる。下から地面がせり上がり、赤い頭が伸び上がってきた。下で話を聞いていたらしい。
アブレベントだ。
「君までレアンやベリーに同調するのか。人の世のことになど、まったく興味を示さなかったというのに」
どこか責めるような口調でカドリは告げてしまう。
アブレベントが自分を見下ろす。気持ちは伝わってきた。言葉など交わせない。あくまで気持ちの通じ合いだ。
だが、あまり都合の良い思念ではなかった。アブレベントもまた、いい加減、ベルナレク王国の愚かしさにうんざりしている。
「アブレベントだけじゃありませんよ」
更にレアンが加えた。
建物の陰から無数の魔獣が姿を見せる。
鱗が回復したばかりのカガミカガチ、ダイライガマが並ぶ。シークスジャッカルの1団もレアンの傍らでうずくまる。聖女フォリアの小屋をみはらせていた、アカテカザミものっそりとあらわれた。
「まだ、ほかにも何人かいますけど。アブレベントがちょっと声をかけただけでも、これだけの同胞が賛同してくれたんですよ」
レアンが集まった面々を見渡して告げる。
どれだけ同胞が集まっても無駄なのだ。その気になればカドリは魔力で行動を強制出来るのだから。
(しかし、そんなことはしたくない、か)
カドリは嘆息する。
「皆がカドリ様をベルナレク王国から解放したいと、そう言っているんですよ。止めても無駄です」
更にレアンが皆を代表して告げる。
カドリとしては、未だかつてなかったことだ。同胞からの嘘偽りない気持ちも伝わってくる。
「あくまでカドリ様のお気持ちを尊重したいって同胞もいましたけどね」
今までも格別の厚意と善意だけでついてきてくれた。中には命を落としたものもいる。
「私に君達を止めることは出来ない」
カドリは告げる。自分がどんな顔をしているのか分からない。珍しいことだ。いつも自分は自在に表情をつくるか隠すのだから。
「では、カドリ」
門外漢のベリーが何やら口を挟もうとしてくる。
「私は同胞の邪魔をしない。ただそれだけだ」
たとえ袂を分かつことになろうとも。
カドリは2人に背中を向けて告げるのであった。