150 聖女追跡1
皇都ヴェストゥル近郊の平原にバーガンは部下とともに待機している。レーアの軽騎兵隊も一緒であり、レックスとマクシムも一緒だ。ただ自分とレーア以外の2人には部下がいない。
既に聖女フォリアを奪還されてからかなりの時が経っている。日数で言えば10日だ。
(俺がレックス殿下の護衛部隊なんだからな)
バーガンはまだ本調子には遠く、顔色の悪かったレックスの同行には困っていた。
(皇帝陛下も殿下までは本音では認めたくなかったはずだが)
結局、自分たちで聖女フォリアを取り戻す任務を負った。レックスの同行も認められてはいる。恋に焦がれた相手を奪われた雪辱を返させないわけにはいかない。次の皇帝なのだから。
(聖女フォリア様、あの御方はこの国にもたらされた宝だ。一回、手放した国が未練がましい真似しやがって)
バーガンは忌々しくなる。カドリの薄笑いを思い出すと背中に寒気が走ってもいるのだが。
(なんなら、フォリア様はうちのやつの後で、きちんと祖国の魔窟だって倒すつもりだったさ。うちは練習台だな。豪胆な人だ)
比較的規模の小さいブレイダー帝国の魔窟で練習をしてから、本命であり規模の大きいベルナレク王国の魔窟を潰すつもりだったのだろう。
(そして祖国思いでもある。そんな人を、あいつらは)
バーガンとしても許せるものではない。レックスとそこは同じ気持ちだ。
「今頃、フォリア様。大丈夫かしら」
レーアが馬上でそっとこぼす。
「大丈夫だ、あの方はとてもお強いからな」
バーガンは力づけるためにそう答えた。馬上のレーアを徒歩の自分は見上げる格好となる。
言葉は本心のものではない。
「カドリはもっと強い。それに奴らはフォリア様を道具のようにしか見ていない。そんなところにおめおめと奪い返されるなんて」
レーアもレックスからの又聞きだろう。それでも心配になる、ベルナレク王国の価値観ではあった。
少なくとも大事にしてくれるために、奪い返しに来たわけではないだろう。
「大丈夫だ、絶対に。間に合うし、間に合わせるんだよ」
バーガンはレーアを力づける。
「間に合わせるわよ、それは当然。でも、どんな目に遭わされているか。考えてるだけでも本当は、じっとしていられない」
小声でボソボソとレーアが並べる。
自分の前だから弱音を吐いているのだ。バーガンにも分かる。
部下の目の前だ。そして特に今、レーアの部下たちは忙しい。
「そりゃ、な。そうだよな」
バーガンも頷かざるを得なかった。
辛い目に遭わされていない、わけがない。そもそもそれを危惧してレックスが求婚という形でベルナレク王国から強奪し、一方的に婚約も発表したのだから。
「奪い返されるべきじゃなかった。だが、奪い返されている。そうである以上、表向きは切り替えて、力を出し尽くすしかねぇよ」
バーガンはレーアに告げるのだった。
「分かってる、分かってるわよ」
レーアが感情の揺らぎを出した。
「ああっ、もうっ!」
バチンッ、と自分の頬を両手で挟み込むようにして叩く。
「ごめん、見苦しかった。切り替える」
打って変わって落ち着きを取り戻した顔でレーアが宣言した。
「多少は仕方ねえ。でも、殿下のほうがお辛い。ほどほどにな」
理解を示しつつもバーガンは釘を差すのだった。
ここにいる部下たちには事情を説明してある。
しばらく忙しく動き回るレーアの部下たちからの報告を、レーアが受ける時間が続く。
幼い頃から馬の扱いが上手いレーアだ。指揮をするのも上手いのだが、特に優れているのが軽騎兵隊の運用である。本当は洞窟のような暗所で戦うことには向いていない。
「殿下」
レーアがよく通る声で告げ、レックスの天幕前に来て下馬した。まだ負傷の影響が大きいレックスである。従者たちとともに天幕を張って中で休ませていた。
「どうした?」
レックスが自ら中から出てきた。
「部下たちの尽力で情報がだいぶ煮詰まってきました。漸く動き出すことが出来ます」
レーアが跪き、答えた。自分もそれにならって跪く。
「そうか。では、フォリア殿は?ご無事なのか?今、どこにいる?すぐにそこへ向かおう」
質問を連発しつつ、答えを待たずしてレックスが言う。焦りのまま、切迫したものをバーガンは感じるのだった。
「当然、ベルナレク王国国内です。我々も北から侵入すべきかと思います」
平然と、他国の国境を侵すとレーアが宣言した。
「我が国とベルナレク王国との国境付近もまた魔窟からの魔物で混乱していますから。特に北の国境はズタボロです。容易く侵入することができます」
レーアが断言した。バーガンも頭に入っている情勢ではある。だが、どれほど荒れているかは知らない
「分かった。君の言う通りにしよう。特に追跡では君は力を発揮するからね」
弱々しく微笑んでレックスが告げる。
そして一同は即時、部下を率いて国境へと向かうのであった。