148 アレックスの戸惑い1
ピッペン村内をアレックスはカドリを探して歩き回っていた。水色の服装からして、目立つ容姿であるはずなのにまるで見当たらない。
(まだほとんどお話出来ていない)
何か話さなければならないことがあるわけではない。
アレックスは自身の気持ちに戸惑いを覚え始めていた。
「あ」
カドリの代わりに黒い毛むくじゃらの黒蜘蛛、グロンジュラと出会う。
ピッペン村の中はカドリの魔獣が堂々と闊歩する、魔獣と人間の共存する独特の環境となっていた。人間の兵士も村人たちも最早動じることはない。
「カドリ殿はどこ?グロンジュラは知らない?」
槍を担いでアレックスは尋ねる。最初に知り合い、共闘したカドリの同胞だ。しばらく会えなかったが、再会するなり握手して挨拶は済ませている。
(本当はもっといろいろ聞きたいことはあるんだけど、グロンジュラも言葉までは話せないし)
長期不在の間、カドリがどこで何をしていたのか。具体的なことは誰も教えてくれない。同胞たちも直接、携わってきた者以外は誰も知らないとのこと。
サグリヤンマに尋ねても分からないという、困り顔を向けられていた。
グロンジュラも分からないらしい。小さないくつかの瞳をじぃっと向けてくるばかりだ。
「そっか。グロンジュラも知らないんだね」
アレックスは肩を落とす。
慰めるような心がグロンジュラから伝わってくる。
(他の同胞は聞きづらいし。レアンさんが羨ましい)
アブレベント始め気難しい同胞たちとも上手くやっている。改めて他の魔獣との親和性もレアンの方がアレックスよりも高いのだ。
「うん、ありがとう」
アレックスはグロンジュラに微笑みを向けて礼を述べた。グロンジュラとサグリヤンマぐらいしか意思疎通が出来ない。
(やっぱり、カドリ殿と話したい。厳しいことも言われるかもしれないけど)
痛切にアレックスは思う。
レアンもベリー・オコンネル辺境伯と2人で何を話しているのか。姿を消している。
(レアンさんには邪魔されないから、良い機会なんだけど)
肝心のカドリがいないのだった。
まだ帰還したカドリとまともに言葉を交わしていない。会話をしたくてたまらない自分自身にアレックスは驚く。
(話したいことはいっぱいあるけど)
不安なのは自分のいるベルナレク王国がどうなってしまうのか。どう自分が行動すべきなのかが分からない。
自分たちなりに答えを出せている様子のレアンが羨ましいぐらいだ。
アレックスは再びピッペン村の中を当てもなく歩き回る。やはり水色のヒラヒラがどこにもいない。代わりにダイライガマという蛙型の魔獣やイビルスコルプというサソリ型の魔獣を見かけた。
そのイビルスコルプがじっと自分に気づくや顔を向けたまま固まる。
「あの、何か?」
アレックスはおそるおそる近づいて尋ねる。
イビルスコルプというのは砂地に棲む、強くて凶悪な魔獣だ。アレックスでも知っている。聖女フォリアでも倒せなかった。勝てそうだったが逃げられたのである。
カドリの同胞でなければ声をかける気にもなれない。
「ひっ」
イビルスコルプが鋏を伸ばして軽くつついてきた。
アレックスは思わず声を上げてしまう。
同じく驚いてイビルスコルプもハサミを引っ込める。申し訳なさそうな気持ちが波のように押し寄せてきた。
「あっ、すいません、驚いてしまって、変な声をあげてしまって。失礼ですよね」
申し訳なくなってアレックスも謝る。
イビルスコルプから再び侘びるような気持ちが押し寄せてきた。
「あの、本当に何か?」
アブレベントのような気難しさをイビルスコルプからは感じない。
それでもイビルスコルプから流れてくる感情は言葉にするなら『ごめんね』と連呼しているようなものだけだ。
(あなたは私に何かしたの?)
思わず内心でアレックスは尋ねてしまう。
だが、申し訳なさそうにするだけしておいて、イビルスコルプがのそのそとお尻を向けて離れていく。
あまり社交的な魔獣ではないらしい。
いよいよ夕飯の時間が近づいてきていた。
(お腹空いたし、帰ろうかな)
腹が鳴ったのでアレックスは心細くなる。
探していた水色のヒラヒラも何処にも見当たらない。
「あっ!」
いよいよ夕飯を食べに宿屋へと足を向けたちょうどその時に、水色のヒラヒラが目に飛び込んできた。
「カドリ殿っ」
喜んでアレックスは声を上げた。さらに駆け寄っていく。
「どうしたのかね?いつも言っているじゃないか。君には品位と落ち着きが足りないと」
早速、カドリに顔をしかめられ、たしなめられてしまった。
無防備に声を上げ、子どものように駆け寄ったことがお気に召さなかったらしい。
「すいません、でも」
寂しかったのである。言いかけた言葉にアレックスは再度驚く。
「まったく、君は変わらないな」
カドリが苦笑した。扇子で隠していない。本当に笑っている顔だ。
「まぁ、そこに安心させられるときもある」
ぼそっとカドリが小声で呟くのがアレックスの耳に届くのであった。