144 再会3
カドリたちに近づくにつれて、巨大な山が視界に入ってくる。やがて山ではなく見たことのある魔物であることにアレックスは気付く。
ただし、死んでいるらしく動かない。その傍らに人影や騎馬がポツポツと見えた。
「でかいわね」
レアンがこぼす。
「イワガネタマムシだ。とにかく硬い、おまけに重たい。凶悪な魔物だよ」
黒光りする甲虫の名前をベリー・オコンネル辺境伯が告げる。
さらに近づくとカドリと思しき水色の服装と、赤い大蟹も見えてきた。周囲には騎馬隊も一緒だ。
(カドリ殿、あと、あのカニさんは)
アレックスは蟹の魔獣とカドリとでイワガネタマムシを倒したのだろうと理解した。
(私以外にも倒せる同胞がいたんだ)
かつてアレックスも対したことのある魔物だ。だが、なぜだか嫉妬にも似た感情を抱いてしまう。
「やれやれ、ただいまと言うべきかおかえりと言うべきか迷うね」
近付くとカドリから皮肉な声が飛んできた。騎馬隊の面々がレアンを見て直立する。
赤い大蟹の魔獣、右手の鋏が左のものより長さも幅も2回りほどは大きい。甲殻も鋏も真っ赤であり、体高は2ペルク(約4メートル)ほど。
「では、両方ともお願いします」
アレックスよりも先にレアンが図々しいことを言う。 代わりにカドリが苦笑いを返していた。結果、どちらの言葉もレアンが受け取れずにいる。
「すさまじいな、カドリ、その蟹は」
赤い鋏の蟹型魔獣を見上げて、ベリー・オコンネル辺境伯も告げる。挨拶も無しだ。
「私の同胞をカニ呼ばわりとは許せないが」
カドリがじろりとベリー・オコンネル辺境伯を睨みつける。
「おや、これはこれは非礼なのは誰かと思いきや、ベリー・オコンネル辺境伯閣下ではありませんか」
とてもわざとらしく驚いて見せてから、カドリが恭しく頭を下げる。
「やめろ、こんな時にまで」
明らかに気を悪くしてベリー・オコンネル辺境伯が返す。
「お前の同胞には悪かった。非礼は侘びる。まったく、何が正しくて何が失礼かも、こっちにはわからんが」
さらに正論をベリー・オコンネル辺境伯が告げるのだった。
確かにカドリの魔獣に対して、礼儀正しく接する、何か説明書でも欲しいところだ。
(未だに私も分かんないときあるし)
アレックスは少し羨ましくなってレアンの背中を見つめる。
「まぁ、礼儀どころの話ではないか、君は今。私の同胞が一人、人間の女性なので口説いていた。そんなところかな?」
そしてカドリがベリー・オコンネル辺境伯来訪の意図を容易く言い当てていた。
「いや、それは」
ベリー・オコンネル辺境伯が言葉に詰まる。余りにあけすけに言い当てられるとさすがに返しづらい様子だ。
「カドリ様、その件は、いずれ後ほど私から」
珍しくレアンが真面目な顔で言う。
ベリー・オコンネル辺境伯を助けるかのように口を挟む姿もアレックスには意外だった。
(やっぱり、レアンさん。辺境伯閣下を受け入れることにしたのかな)
なんとなくアレックスは思う。明らかにシュトルク村焼き討ちの前と後では態度が違うのだった。
「君は魅力的で、軍隊まで率いている。私にとっても予想外だったがね。まさか辺境伯閣下まで魅了しているとは思わなかったよ」
カドリが皮肉交じりに告げる。
「辺境伯閣下は同盟の打診に訪れたようですわ」
肩を竦めてレアンが告げる。
「我々がそれを受け入れるべきか判断がつきかねました」
自分への睦言を省いて上手くレアンが説明していた。確かに同盟打診のような話もあった気がする。
「我々に同盟も何も無いだろう。同じベルナレク王国の民なのだから」
カドリもカドリで返しづらい正論を返してきた。
カドリとレアンにベリー・オコンネル、お互いにそれぞれ微笑んでいるのに早速、微妙な雰囲気を作り出すのである。
(あっ、そういえば、私)
自分だけがまだ何もカドリと話せていない。なんなら挨拶すらも交わせていないのだった。
(レアンさんよりもカドリさんと出会ったのは、先なのに)
また嫉妬の感情が湧き上がってくる。
「アレックス」
不意にカドリが自分の方を向いた。まるで心の中を読んでいたかのように。
「はい」
思わずアレックスは直立してしまう。おまけに声が裏返ってしまった。
同盟打診やベリー・オコンネル辺境伯のことで、何か難しいことを言わなくてはいけないのかもしれない。
「ここに至るまで、ヘイドンらと合流するまで、まったく魔物と遭遇しなかった。レアンらも同じだ。この戦線をよく支えてくれていたと思う。ベリーが話をしに来たのも、よく戦ってくれていたからだ」
予想に反して、カドリから労われてしまった。
「あっ、いえ、はい」
アレックスは赤面して俯く。
端正なカドリが瞬きもせずに美顔で自分を見つめているのだ。
(多分、久し振りだから)
免疫が薄くなったのだろう。アレックスは必死で思い込もうとする。
「あは、喜び過ぎて照れ倒してるじゃない」
レアンが自分を笑いものにする。やはり嫌な人なのだ。
「だが、この国難は続く。また、よろしく頼むよ」
更に優しい言葉をカドリにかけられた。
「はい」
尻尾があったら振っている。はっとなって、アレックスは尻を押さえてしまう。
「私は褒めて労ったつもりだ。叩くわけがないから安心したまえ」
訝しげにカドリが言う。
再びレアンが自分を見て派手に吹き出すのであった。