135 帰還2
北へ大きく迂回していたため、目的地のピッペン村へ至るには南下しなくてはならない。
見覚えのある界隈に来た。炎の魔人ズカイラーを撃破した付近だ。木の印象や地勢、荒野にも言葉では明らかとしづらい特徴がある。
「我々も少しは楽になるさ。ここまでかなりの犠牲を出したが。この聖女の力は本物だ」
カドリはさらにイビルスコルプに告げる。
オオツメコウモリに、少なくないシークスジャッカル、サグリヤンマたちをレックスらに斬られた。ヘングツ砦の戦いではヒマクザルにサグリヤンマの親子、その後もアナホリギスなども討たれている。
「実績も得た。この娘は実際に魔窟を1つ、規模を小さいながら潰した。他国のものとは言え。ここ数世代では間違いなく抜きん出ている。我らはそれを取り戻したのさ」
さらにカドリはイビルスコルプに説明してやった。ここまで言葉を尽くすとイビルスコルプも嬉しくなってきたらしい。
(問題は少し、木偶となってもらうまで時間はかかるか。大人しくもしてはくれまい。人間性も強靭だ)
油断すればいつでも聖拳ゴリガメが飛んでくる。鉄鎖獅子以外の魔獣ではひとたまりもないだろう。
無論、聖女フォリアにとっても辛い時間となるだろう。一度は結婚予定だった皇太子と引き離され、待っているのは過酷な余生である。
説得程度では従ってもくれないから、カドリも強引な手段で従わせるしかない。
(まずは人格を粉々に破砕して、記憶も飛ばす。そのうえでヘリック王子への忠誠心を刻み込まないと)
ベルナレク王国にとって必要なのは、心と命をすり減らしても何も見返りを求めず、言いなりになってくれる聖女だ。素のフォリアのように自我の強い人物ではない。
「あぁ、最初からそうしても良かったのかもしれないが。当時は王太子の許婚者だった。そこまでしなくても国に縛られていたではないか」
イビルスコルプからの当然の疑問にカドリは答えた。
ヘリック王子自らが聖女フォリアに課していたくびきを解き放ってしまった格好だ。
修正するのに多少の時間はかかるだろう。だが、自分ならば可能だ。自分は何せカドリなのである。
「あぁ、君達のおかげだ。非力な私をいつもよく助けてくれる。感謝では足りない」
カドリはイビルスコルプのみならず、シークスジャッカルとアサシンオウル、鉄鎖獅子にも告げる。
ダイライガマへも同様の気持ちなのだが、脚が遅いので同行出来ていないのだった。単身で近道してピッペン村へと向かっているはずだ。
(レアンとアレックスもよくやってくれていたようだ。ここまで魔窟の魔物とまるで出会さないとは)
カドリは口元を綻ばせた。徹底して魔物を駆除し続けてくれていたであろうことを、状況がよく伝えてくれている。
そもそもカドリが自ら聖女奪還に着手出来たのは、レアンとアレックスのおかげで状況が好転、安定してからだ。
それまではカドリ自身も北で転戦する羽目となっていた。
(レアンが加わってからはそもそも、ほとんど犠牲も出ていないじゃないか)
ふと、カドリは思い至るのであった。
強力な魔術師の味方というのは実に心強い。攻撃力はあるが懐の弱いレアンをまた、アレックスがよく守っていた。
「あの2人も当然、同胞だからね。いずれ感謝を伝えねばいけない」
穏やかにカドリは告げるのであった。
同胞たちの中でもかなりの数が2人の実力を認めている。なまじカドリと同じく人類なので、当初はやっかむ声も多かったのだが。
「そういえば、君は穏健だったね」
カドリはイビルスコルプに告げる。とは言うものの、おとなしい上に人見知りのイビルスコルプでは2人と共闘できなかったのだが。
(しかし、どうしたものか)
レアンはともかくとして実のところ、アレックスには聖女フォリア奪還を伝えないほうが良い。無事に他国へ逃がしたはずの元主人を拉致してきたなど、伝えられるはずもなかった。
不満を表明するだけではなく、槍ぐらいは振り回すのではないか。
考え事をしながら、カドリたちは荒野を進む。
驚いたのは騎馬隊に捕捉されたことだ。アサシンオウルがピィーッと鳴き声を上げる。
だが、逃げるわけにもいかない。
(その必要もない)
騎馬隊が来たのは進行方向である南から、そして敵ではないのだから。
「おおっ!」
野太い声を先頭の騎兵があげた。
顔も覚えている。ハロルド伯爵私兵隊の騎馬隊隊長ヘイドンだ。使い古された、鋼鉄の鎧兜を身に纏い、大槍を手にしていた。
「カドリ様だっ!カドリ様がお戻りになられたぞっ!」
その大槍を掲げて配下の騎兵たちの方を振り返った。
ヘイドンの呼びかけに応じて、騎兵たちも喜びの雄叫びをあげる。大地を震わせるほどの叫びだ。
表情1つ変えないがカドリは辟易とした。同胞たちも内心は呆れ果てている。
(いや、多くないか。随分と増えたな)
カドリは思うも、シークスジャッカルに咥えられた聖女フォリアのことなど、誰しも気にもとめないことに安堵するのであった。




