129 変事2
(そろそろ魔物が出てもおかしくないけど)
レアンはアブレベントの上に立って辺りを見回す。
見慣れた荒野だ。何度もここで魔物を撃退している。
(さすがにここにも馴染んできたような。なんか変な感じ)
レアン自身の故郷はハロルド伯爵領の中でも南方だ。魔窟近くの北方は馴染みが薄い。それでも何日も何ヶ月も生活していれば愛着も湧いてくる。
「私が守らなきゃいけない土地、か」
レアンは呟く。
(カドリ様もベルナレク王国の土地をそんなふうに見てるのかしら?)
危険を犯してまで魔窟の魔物と戦い続ける理由を、レアンは直接には聞いていない。聞いたところで『カドリだから』ぐらいのことしか言われないだろう。
「そう、そのとおりだ。やはり見立てどおり、君には強い責任感がある。これは教えて身につく感覚ではない。突き詰めれば人柄だからね」
あまり大声でもないのにレアンの独り言を聞き逃さず。ベリー・オコンネルがまた性懲りもなく話しかけてきた。
(気持ち悪い)
かなり上と下とで離れているというのに。独り言すら取りこぼさない姿勢には呆れを通り越して最早恐怖すら覚える。
「ただ、放っておけないだけです。ほら、女王だの陛下だの言われて、懐かれちゃったから」
レアンは会話をする気になれなくて横を向く。
「その面倒見の良さが統治者としての資質のあらわれなのさ」
ベリーの上機嫌な声が追い打ちをかけてきた。笑顔を浮かべていることだろう。
(なんとしてもあたしを持ち上げたいみたいだけど。お生憎様、おだてたって、何も出ないわよ)
色気もなにもない、黒いローブ姿の魔術師の何が良いのだろうか。
醜くはない。どころか容姿は整っている方だと自負している反面、貴族に言い寄られるほどではない。というのがレアンの自己評価なのであった。
(むさ苦しい連中が騒ぐのは分かるんだけど、さ)
今も数千規模の軍勢を事実上、率いている格好だ。権力者が看過出来ない勢力にまで育ってしまった。温厚なハロルド伯爵の領地だから自由にやらせて貰えているのだ、ということも分かっている。
(でも、この状況はカドリ様あってのものよ)
所詮はお膳立てされた場所に立っているだけ、という気もする。
考え込んでしまうのは、一向に魔物が現れないからだ。ヘイドンたちの段階で殲滅されてしまったのだろう。
「カドリ様がお戻りになれば、私はただの魔術師に戻る」
また独り言を呟いてしまう。
「そうはならないさ」
またベリー・オコンネルがすかさず独り言にせず、応対してくる。
アブレベントの上からでも分かるほど、楽しそうなのであった。どういうわけか、この貴公子には本気で言い寄られている。これも予想外のことだ。
カドリに救われてから魔術の威力と言い、率いる軍隊と言い、この貴公子と言い、自分の人生はおかしなことになっている。
「そうなりますよ、私たちはカドリ様の同胞で、カドリ様あっての私たちですから」
負けじとレアンは言い返す。
「カドリの同胞であることは私を拒む理由にはならないし、他の魔獣やアレックスはともかく、君だけはどうやら別だ」
意味深なことをベリー・オコンネルが告げる。
どういうことなのか。レアンは追及したくなったものの。
「閣下!北西方向に敵です。とうやら岩兵の集団です」
ベリー配下の騎兵が叫ぶ。
(なら、私が消し飛ばしちゃおうかしら?それとも氷漬けにしちゃう?)
レアンは北西方向の岩兵を見て思案する。アレックスもアブレベントの尻尾から飛び降りようとしていた。
「ほうっ、私の想い人の手を煩わせたくない、な。行くぞっ!」
ベリーが馬を疾駆させた。
「閣下!お待ちくださいっ!」
止める間も無い。部下たちも大慌てで続く。
(部下さんたちも大変ねぇ)
レアンはベリー配下の騎兵に心底同情するのだった。
「さすがにあの人たちごと魔術をぶっ放すわけにはいかないわよね」
レアンは肩を竦めて言う。
ちょうど騎兵が岩兵の集団に突っ込んでいくところだった。岩兵の数は20に満たない程度だろうか。
蹄にかけられるか、勢いのまま繰り出された武器で身体を砕かれるか。次々に無力化されていく。見事な手際だった。
「本当にレアンさんのこと、好きなんですね。強いですよ、オコンネル辺境伯閣下たち」
アレックスが言い、大欠伸をした。戦う気が失せたらしい。他人事という顔である。
「好き嫌いと強いってのは関係ないわよ」
レアンは若干、ムキになって言い返す。
(あんたはいいわよね。あたしが辺境伯閣下とくっつけばカドリ様をまた独り占めできるもんね)
さらにレアンは槍使いを睨みつけて思う。アレックスのことだから、まるで何も考えていないのだろうが。
「でも、本当に強いです。岩兵をあんなふうに騎馬隊で倒せるなんて」
以前に何か岩兵とあったのだろうか。アレックスの顔が曇る。
「あんた、最近サボって、食っちゃ寝の生活してるから。いい加減、太るわよ」
更にレアンは加える。
アレックスが急に頬を気にし始めた。いい加減、可愛くするのをやめろ、と言いたいのをレアンは飲むこむのであった。