110 ジャイアントメアリー2
「私の妻が骨ごときに負けるものかっ!」
マクシムが絶叫している。明らかにジャイアントメアリーを出す前と後では人柄が違う。別人のようだ。表情もおかしい。目が血走っているのである。
「あれは、マクシム様の奥様をかたどったものなのですか?」
とうとう耐えかねて、フォリアはバーガンに尋ねてしまう。戦闘中、いつもなら絶対にしないような質問だ。
「いえ、マクシム様は独身です」
バーガンが無表情に答えた。
いつものことなのだろうか。今までになく表情が無である。
(じゃぁメアリーって誰なの)
フォリアは頭を抱えたくなってしまう。
「ともあれ、マクシム様がメアリーまで出したんなら、俺も手を抜けないか」
バーガンの手には弓だけであり、矢は見えない。矢筒すら無いようだ。矢が完全に切れたのだろうか。しかし、左手で弦をつまんでなぜだか引いている。不思議な構えだった。
「ぬんっ」
レックスの声が耳に飛び込んできた。
見るとジャイアントメアリーに殴られ、よろめいたアシュラスケルトンの右脚を斬り裂いたようだ。
(凄い)
太い骨を1本、斬り裂いたことにフォリアは驚愕する。骨自身も太い部位であり、そもそもアシュラスケルトンの身体は通常のスケルトン種よりも遥かに硬いのだ。
(斬りやすいものでも、あんな太さのものを切り裂けるだなんて)
皇族でありながら、どれだけの修練を積んできたのだろうか。
「さすが殿下だ。剣術では帝国の歴史上最高と言われる御方だ」
バーガンが弓の弦を掴んでいた左手を放す。
「こりゃ、俺の出番はねぇな」
更に笑ってバーガンが加えた。
派手に暴れるジャイアントメアリーに加え、レックスによる強烈な斬撃、走り回るレーアの撹乱まである。痛撃を与えてくるのがレックスだけというのに、アシュラスケルトンには的を絞らせない。
(確かに戦法としてはかなり強力なことは私も認める)
フォリアは目を細めた。
(でも、この程度ではまだ魔窟を制圧するのには足りない)
思い出すのはどうしても祖国であるベルナレク王国の魔窟だ。外ですらもっと手強く、魔物も多かった。
「いえ、そう簡単では無いようです」
フォリアは目を細めてバーガンに告げる。
魔窟は甘くない。現にアシュラスケルトンもレックスに斬り落とされた脚が繋がって再生しているのだから。
「きりがない?なるほど。だが再生するのはこちらも同じ!」
マクシムが不敵に笑って右腕を掲げた。
ジャイアントメアリーの各所も剣で斬られ、槍で突かれ、斧で斬り落とされた箇所もある。
マクシムの言葉で土がジャイアントメアリーの身体を這い上がり、身体を復元していた。
(でも、同じ再生でも、土とアシュラスケルトンとでは意味合いがまるで違う)
マクシムには悪いが所詮ジャイアントメアリーは土の塊なのである。いくら土で叩いてもまるでアシュラスケルトンを消耗させていない。
余りに巨大なので囮としては最上なのだが。
(この術、マクシム様御自身を集中して狙われたら、かなり厳しいのではないかしら?)
フォリアとしては思うのであった。ただここまでの剣幕からして、少しでもジャイアントメアリーを否定してしまうとマクシムが怖いような気がする。
口には出せることではなかった。
「屈強な兵士たちの亡骸だけが集まり、かつ濃い瘴気に晒された時にだけ生じる魔物がアシュラスケルトンです」
フォリアはアシュラスケルトンを見上げながら説明する。斧と槍、剣の達人たちの技術があの六本腕の一つ一つに受け継がれているのだ。
(私が攻撃するにしても一撃必殺、狙われるのは避けたいところね)
自分も身体能力は人並みでしかない。フォリアは自身に注意の向いていない状況を利用して観察を続ける。
(まずは観察。次に想定して実践)
ベルナレク王国で叩き込まれる戦い方の論理だ。
再生したことで勢いを得たのか。かさにかかってアシュラスケルトンがジャイアントメアリーに斬りかかる。あくまで敵の狙いはジャイアントメアリーのままだ。大きさゆえに注意を引きやすいのだろう。
(本当に変な魔術だわ。なんで、あの姿にしようと思ったのかしら)
フォリアは時折、それでもついジャイアントメアリーから目を背けてしまう。土で出来た貴婦人が表情を変えず魔物を殴りつける姿がどうしても不気味なのだ。
「攻撃しづれぇなぁ。マクシム様はあれに流れ矢を当てるとめっぽう怒るんだよな」
バーガンもボヤいている。確かに土の塊に矢を当てたぐらいで怒られてはたまらないだろう。
(私も気をつけなきゃなのかしら)
フォリアもマクシムを一瞥する。
アシュラスケルトンの攻撃一つ一つに怒りながら身ぶりとともにジャイアントメアリーを操作していた。
それでもアシュラスケルトンのほうがジャイアントメアリーを圧倒し始めている。結局は土がぶつかり続けているだけなのだ。攻撃が効かないというのが大きい。
いつまでも観察してはいられないかもしれない。フォリアは思うのであった。