100 邪悪な緑の目3
バーガンが気付いてくれたのは幸いだった。
「自ら動くことはありませんが、さっき見たとおり、瘴気の礫を矢よりも速く飛ばして来ますから。暗闇の中で捕捉されると大変です」
フォリアは微笑んで告げた。
魔窟の道のど真ん中に生えて、侵入者を狙撃してくるのだという。有名な魔物ではあるものの、フォリアとて実際に見たのは初めてだった。
緑色の幹が人の背丈ほどまで伸びて、枝は生えず、幹のてっぺんには眼球が生じる。目で捕捉して、目から瘴気を放つのだ。
(さっき見た限りではかなりの威力と射程があるみたい)
フォリアは一瞬の攻撃でもしっかりと敵を分析するようにしていた。
「イビルアイか。動くことは無いようだが。上手くやり過ごせないかな?」
レックスが尋ねてくる。
当然の提案だった。危険をわざわざ冒す必要もない。
それでもフォリアは首を横に振った。
「自分たちで道を広げて掘らない限り、射程の外に逃れることは出来ないでしょう。そこまで敵もお間抜けではないと思います」
フォリアは淡々と告げる。
敵は正面から撃破するに限るのだ。
「それに魔窟を攻略したから敵が消滅してくれるわけではありません。帰り道でも、出くわすことになるのなら、ここで倒しておくほうが良いと思います」
フォリアは更に加えるのだった。
敵は倒しておくに限るのだ。問題を先送りにするのも性に合わない。
「あ、あぁ、そうだね」
レックスが気圧されたような顔をする。
「意外とフォリア様って好戦的なのね」
レーアも心外なことをバーガンに囁いている。
「あぁ、油断してると思い切ったことをなさるしな。目を離せないぜ」
バーガンも失礼な相槌を打つ。
「だが、正論は正論だ。では、フォリア様、どうやって奴を倒しますか?」
マクシムが頷いて尋ねてくる。正論ならば正論で良いではないかとフォリアは思う。
(『正論は正論』ってどういう意味?)
マクシムの言葉にも引っかかるところはあるのだった。
「まずは射程を把握しましょうか」
横幅分を射程内に捉えていることは想像に難くない。では、縦方向はどうだろうか。
フォリアは光球をもう一つ無詠唱で作ってイビルアイへと差し向ける。
「最初からもう1つ作ってから送り出していれば良かったのでは?」
レックスが真顔で指摘してくる。
「思いつかなかったんです。今度は学びました」
フォリアも憮然とした顔で返す。自分とて最初からそつなく何でもこなせるわけではないのである。
しばらく進ませると、どす黒い線が光球を消し飛ばす。
(まずは観察。次に想定を重ねて、最後に実践)
フォリアはこれで敵の射程を把握した。
「強いは強いのね。私の光を簡単に消し飛ばすほどの瘴気を放つのはなかなか」
フォリアは敵を褒め称えた。ここまでは自分にとってぬるい敵しかでてこなかったのである。
(でも、射程は私の方が長いわね。もう少し近づけばゴリガメの射程だし、そこまでは撃てないのね)
フォリアは彼我の距離を冷静に測っていた。
(でも、ゴリガメをあの位置から、イビルアイを消し飛ばせるぐらいの威力で撃つのは、ちょっと骨が折れるわね。まぁ、他にも選択肢は幾らかあるのだけれど)
結論づけてフォリアは思う。頭の中では幾通りかの倒し方を想定していた。
「さて、どうしたものか」
レックスが剣を肩に担いで告げる。予備の剣を携えていることにフォリアは気づいた。もう一振り、右の腰に差しているのだ。
自ら動こうとはしないものの、倒さないわけにもいかない。
「私が奴を引きつけましょう」
ここまで地図作成に専念してきたマクシムが申し出た。几帳面にノートを服の内側にしまう。
胸に手を当てている姿は貴族の執事か何かのようだ。
「私の土壁に泥弾、奴を妨害する術など幾らでも思いつく。フォリア様の御力には及びませんが。しかし、私の土魔術には目が眩まないという利点があります」
丁寧にマクシムが説明する。
たまには戦闘で腕前を振るいたい、そんな心境になってきたのかもしれない。フォリアはうっすらと思った。ここまでで一番、饒舌な姿を見せている。
「射程なら俺も負けないでしょう。奴よりも長いですし、本気を出せば」
バーガンが思わぬことを言う。
(え、今まで本気じゃなかったんですか)
フォリアは思わずレーアを見るも何ら違和感を抱いてはいないようだ。
(ただ、矢の雨を無駄に降らせるだけの人かと思っていました)
そしてフォリアは失礼なことを思うのだった。
「お前の奥の手は知っている。だが、まだ取っておけ」
薄く笑ってマクシムが言う。
「了解です」
渋々といった様子でバーガンが頷いた。
マクシムやレックスにとってもバーガンに奥の手があるのは既知のことらしい。
(知らないのは私だけ、か)
疎外されたと言う感じはしない。単に付き合いがあまりに短いのだ。
(そんなこと、言ってられない。イビルアイがいるのなら、ここは難所なのだから)
フォリアは思い、マクシム失敗の際には自分かどうすべきか、再び想定を始めるのだった。