監視大好き橘さん
俺に男性護衛官がついた翌日だった、予想通りではあったが雪奈は橘さんと桜井さんを見ると猛烈に怒りだした。
それはもう般若のような形相だった。
「どうしてですかお兄様! お兄様に寄りつく虫は私が排除します! ですのでこの鬱陶しい連中を追い払ってください!」
病院中に響き渡るような声で叫びながら、もの凄い剣幕で詰め寄られる。
「あの失礼ですが、雪奈様。私たちが優馬様を護衛することは国の意向です。個人の意見で覆ることは決してありません。例え、私たちが居なくなっても別の男性護衛官が優馬様の元にくるだけですよ」
しかし、橘さんは全く動じることはなく淡々と事実を述べる。
それに対して、雪奈は一瞬怯むもののすぐに言い返す。
「あなた達に本当にお兄様を守れるのかしら? それに、こんな素敵なお兄様に惚れないなんて誓えるの? 絶対無理なハズです! 特にそちらの若い方……桜井とか言いましたっけ? 妙にお兄様との距離が近いうえに、ときどきメスの顔になってるわよ!」
「そ、そんなこと……ありません! 護衛対象と距離が近くなってしまうのは、護衛するために必要なんです!」
桜井さんが、顔を真っ赤にして宣言する。
だが、雪奈には彼女が嘘をついていると判断したらしい。
まぁ、明らかに瞳が泳いでいるし桜井さんの動きは落ち着きが無かった。
「ほら、やっぱり怪しいじゃない! いい加減にしなさいよ! お兄様は私のお兄様なの! 私だけのお兄様なんだから! お兄様は誰にもあげません!」
「ですが、これは決定事項です。いくら優馬様の妹様とはいえ、意見を通すことはできません。それに、優馬様の精子ランクはSSSです。これがどれほど重大なことなのか理解しているのですか?」
「そんなの関係ないです! お兄様の精子ランクが何であろうと、私は絶対に諦めません!」
雪奈が、涙を流しながら橘さんに訴えかける。
「お願いします。私からこれ以上大切な人を奪わないで下さい! やっとお兄様と仲良くなれたのよ! それなのに二人だけの時間が無くなるなんて嫌!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸が締め付けられるような感覚に陥った。
俺は昔の雪奈との関係を知らない。
だが、想像はついた。
父はなく、母は昨年亡くなった。
そして、唯一の家族である兄には邪険に扱わられていたのだろう……
きっと雪奈は寂しかったに違いない。
だからこそ、今こうして必死に俺との二人の時間を守ろうとしているのだ。
そんな彼女の気持ちを考えると、俺はどうしても彼女を引き離すことができなかった。
俺は、二人の会話に割って入った。
そして、橘さんと桜井さんに話しかける。
まずは橘さんに質問をしてみる。
彼女は、とても真面目な性格をしているので俺の頼みを聞いてくれるはずだ。
「あの、橘さん。護衛っていうのは24時間ずっとなんですよね?」
「はい……基本は二人の護衛者が付きますが、片方が無理な場合でも必ずどちらか一人が優馬様を護衛します。そのための二人体制ですので」
なるほど、つまりは本当に俺と雪奈の二人の時間は無くなってしまうという訳か……
ずっと護衛が付くというのは、頼もしい反面、個人の時間が無くなるというデメリットもあるな……
俺だって一人になりたい時間もある……なら少し強引ではあるが頼んでみるか。
「無理なお願いだと思いますが、毎日1時間は護衛が付かない時間つくってもらうことは出来ますか?」
「それはダメです。優馬様の護衛は最優先事項です。もし優馬様の身に何かあれば護衛対象者を守れなかったということで私たちは処罰の対象になってしまいます」
だよな……
でもここで引き下がる俺ではない。
伊達に見た目より長く生きてないぞ俺も。
「でも俺、護衛が付かない時間がないと自殺しますよ?」
「「「えっ!?」」」
「ちょ、ちょっと待ってください優馬様! 流石にそれは冗談ですよね? そうですよね? まさか本当に自殺なんてしないですよね? 答えてください優馬様!」
桜井さんが涙目になりながら、必死の形相で問いかけてくる。
「お兄様、冗談でもそんなこと言わないでください! お兄様が死んだら私どうすれば良いんですか!?」
雪奈が泣きじゃくりながら俺に抱きついてきた。
「優馬様! 正気ですか!? 何が不満なのでしょう!? 私が至らないのでしょうか? でしたら私が命を断ちますので、どうか考え直しください!」
橘さんも信じられないという表情を浮かべている。
だが、俺は本気だ。
本気で死ぬつもりだ。
雪奈との時間を作るためにも、ここは譲れないところだ。
だから、俺は真剣な眼差しを橘さんに向ける。
「俺は本気ですよ……家族二人でけの時間を作りたいんです……」
ここは絶対に譲れない。
その意志を伝えた。
「……分かりました。では、こうしましょう。一日に最低30分は護衛がつかない時間を作れれば、それで構いません。でもこれは特例です……貴方という存在はそれだけ貴重なんです……そこは理解してくださいね」
「ありがとうございます。助かりました」
俺は橘さんに向かって頭を下げる。
これで、雪奈と過ごすことができる。
雪奈を見ると、嬉しそうな表情して目には涙を溜めていた。
橘さんは、本当に頼りになる女性だ。
俺の我ままを聞き入れてくれただけでなく、ちゃんとした理由まで説明してくれた。
しかも、俺の事を本当に大切に思ってくれてるようで、まるで姉のような優しさを感じる。
「お兄様……私のためにそこまで……お兄様……ありがとう」
雪奈は目を潤ませながら頬を赤らめ、上目遣いで見つめられる。
いつも誘惑するような表情ではなく、純粋に喜んでいるそんな感じの顔だった。
「感謝するようなことじゃないよ。家族の時間を大切にするのは普通だろ? それに、俺も雪奈と一緒に過ごせるのは嬉しいしね」
「お兄様♡ 私もお兄様と一緒で幸せ者です!」
「ふぅー、とりあえず一件落着したようですし、私は仕事に戻ります。優馬様、くれぐれも護衛がいないからといって変なことはしないようにお願いいたしますね。桜井、行くわよ」
「は、はい! それでは失礼します!」
橘さん達が気を利かせて病室から出ていこうとする。
「はい、ありがとうございます」
こうして、俺は護衛が居なくてもいい時間を手に入れることに成功したのだった。
だが、この時の俺は知らなかった。
この選択が、後にとんでもない事態を招くことになることを……
ーーーーーーーー
優馬様の病室を出た私は橘さんの後を急いで追う。
「ま、待ってください橘さん! いいですか本当に30分も優馬様の護衛をしなくて。それって規則違反ですよね」
男性護衛官は護衛対象を24時間体制で監視する義務がある。
これは、護衛対象者に何かあった場合にすぐに対処できるようにするためである。
もしこの規則を破った場合、厳重注意なんてどころじゃ済まない。
最悪、解雇もあり得るのだ。
だが、橘さんは私の言葉に全く聞き耳を持たず病院の廊下を進んでいく。
優馬様を置いて、一体何処に行こういうのだろうか……?
あからさまに無視を続けるのです橘さんに、私は少しの苛立ちを覚えた。
「ーー橘さんは優馬様を守るつもりがないのですか?」
橘さんの足がピタリと止まる。
そして、こちらを振り向くと冷たい視線を向けられた。
背筋が凍るような感覚に襲われる。
怖い……こんな感情初めて……なんなのこれ……今までの橘さんとは全然違う……これが彼女の素顔なのだろうか。
「あ……その。橘さん……?」
私の呼びかけに、彼女はゆっくりと口を開く。
「私が優馬様を守らないですって?」
声音も普段の彼女からは想像できないほど、低くドスの効いたものになっていた。
それは男性護衛官として恐ろしい訓練を乗り越えてきた私でも、恐怖で体が震えるほどだった。
逃げたい……でも、逃げたらきっと殺される……
本能がそう告げている。
それほどまでに、今の橘さんは怖かった。
「あ、いえ……その」
「桜井さん。なんで私が男性護衛官になったと思う?」
質問の意図が分からない。
なぜ、そんなことを今聞くのだろうか?
でも、答えないわけにはいかない。
ここで答えなければ、私に明日はない。
そんな気がした。
「それは、数少ない貴重な男性の近くに侍ることができるからでしょうか?」
私は、恐る恐る答えた。
今私が言ったのは、男性護衛官を目指す理由として最もポピュラーな回答だった。
恥ずかしい話だが、実際に私はそんな不純な理由で男性護衛官になったのだ。
すると、橘さんはクスリと笑う。
それはまるで小馬鹿にしたような笑みだ。
「全く貴方はどこまでも不純で正直な人ね……私が男性護衛官になったのはね……優馬様の側にずっといて、彼を守りたかったからよ」
「でも、私たちは護衛対象を自分で選ぶことが出来ないはずです! それは、男性護衛官が自由に護衛対象を選択できるようになったら任務に支障をきたす可能性があるからで、のタブーですよ」
「桜井さん。貴方はまだ若いわ、だから大人の世界の汚さなんて全く理解していないのね……それなりに抜け道はあるものよ」
まさか……そんなことが……橘さんは本気で言っているの? 嘘でしょ……
「じょ、冗談ですよね……?」
「……」
私は、橘さんが冗談を言ってると思って笑い飛ばそうとしたが、どうやら本気で言っていたようだ。
橘さんは優馬様のことが好き……だから、護衛をしている……
護衛対象である優馬様に恋をする……これは護衛官としてはあってはならないことだ。
「私はね、何度も死のうと思ったことがあるのよ。でもその度に優馬様の笑顔を思い出して、踏みとどまったわ。だって、彼の笑顔はいつ見ても素敵だもの。あんな素敵な人の側で働けるだけで私は幸せなの。だから、私は優馬様のために命を懸けられる。それに、優馬様は私なんかが守らずとも十分強いわ。優馬様は私にとって特別な存在なの……優馬様は記憶喪失で忘れてしまったみたいだけど、私は覚えているわ。5年前の、まだ大学生だった私を救ってくれたの……あの時のこと、今でも鮮明に思い出せる。優馬様は私に生きる希望を与えてくれたのよ。だから決めたの今度は私が優馬様を守るんだって……」
橘さんの顔は恋する乙女のような表情をしていた。
5年前、優馬様は橘さんを救った? 一体何があったというのだろう?
「橘さん……その……失礼ですが、優馬様は橘さんの事を覚えてないんですよね? それでもいいんですか?」
橘さんは優馬様のことを特別だと言っているけど、優馬様は橘さんの事をただの護衛官だと思っているはずだ。
「えぇ、いいの。私は優馬様の側に居られるだけで幸せだわ」
そんな状況なのに、橘さんは全くめげていない。
むしろ、想いが強まっているようにも感じる。
「素敵です、橘さん! やっぱり橘さんは私の憧れの人です!」
「ありがとう、桜井さん。私たちの命に変えても必ず優馬様を守るわよ!」
「はい!」
こうして、私と橘さんは再び歩き出すのだった。
「ところで橘さん、私たちは今どこに向かっているでしょうか?」
私は、橘さんの後ろをついて行きながら質問する。
この病院は広大であるため、橘さんの目的地が私には分からなかった。
「簡単よ、この病院の監視ルームよ。そこで優馬様の様子を防犯カメラで監視するの♡ 監視しないとは言ってないから優馬様との約束は守ってるはずよ」
子供のような屁理屈を言う橘さんであった。
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