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8.その聖女、癒される。

 アルと暮らし始めて半年。アルは、自分で言うだけあってかなり有能だった。


 私が瘴気を祓い、植物が育ちやすい土壌になるように回復魔法をかけた土地で、育てる作物の種がないと嘆けば、住人達に交渉して使っていなかった種を町中からかき集めてくれた。


 酪農するための動物を買う資金に悩んでいたら、魔獣をガツガツ討伐して報奨金を稼いでくれた。

 飼う動物の種類は何がいいかと尋ねたら、もふもふに癒されて自分で世話ができて、チーズ作りたいんでしょ? と、ヤギや羊を選んでくれた。その上農耕や移動用に馬も買い足してくれた。おかげでマロに彼女ができた。


 住人達と必要以上に馴れ合うまいと距離を取ろうとする私の代わりに、お節介を焼きに来る住人達の対応をしてくれた。

 その結果、広大な土地にちまちまひとりで畑を作っていた私のもとに、噂を聞きつけた住人達がやってきて、あっという間に立派な農園になったし、家畜のお世話もローテーションで手伝ってくれた。


 雇用契約を交わしたわけではない住人達への報酬に悩んでいたら、うちで必要な分以外の農産物や畜産物が住人たちに行き渡るように、ついでに余剰分を他領に輸出できるように領主やシェイナと話をつけてくれた。


 そんなわけで、いつのまにか夢のスローライフが実現していたのだけど、する事がなさすぎて私は暇を持て余していた。

 私がする事といえば、定期的に瘴気を祓ったり、土壌に回復魔法をかけて作物の育ちをよくしたり、傷薬の材料になる野草の採取をしたり、たまにケガをするアルの手当てをするくらいで、本当に仕事らしい仕事を何もしていなかった。

 魔王討伐に加担した責任をとってアルを養おうくらいの意気込みでアルとの共同生活を始めたはずなのに、いつの間にか養われているこの状況。

 これは年上としていかがなものなのかしらと、アルが淹れてくれた蜂蜜入りのホットミルクを飲みながらため息をつく。

 ちなみにこのホットミルクはヤギのミルク+アルが森で蜂の巣を見つけて蜂蜜を取ってきたという、完全自家製のものである。


「どうしたの? シア」


 うーんと唸る私の隣で自分の分のホットミルクを飲みながら、アルが尋ねる。半年もすればさすがにアルの整った顔は見慣れたけれど、今日も変わらずアルはキラキラしている。


「私、アルに魂でも持って行かれちゃうのかしら、と考えていたの」


「!? なんで? 俺そんな事しないよ?」


 驚いたように手を振って無害を主張するアルは可愛い。


「いや、アルが有能過ぎて。全部私の望みを聞いてくれるから、実は私知らない間に悪魔と契約でもしたのかなって。その場合の対価って魂なんでしょ?」


 悪魔と契約して堕落していく話は聖書やお伽話の中に溢れていて、そして必ず最後は地獄に落ちるのだ。

 今の私はまさしくそうなのかもしれない。

 何もせず、ヒトに雑務を押し付けて、対価も払わずスローライフを享受して、堕落の一途を辿っている。

 そして多分、彼の祖国が荒れる原因を作った私は、アルが望むなら復讐されても文句を言えないのだろう。


「アルは小さいのにしっかりしているわね。それに町のみんなが良くしてくれるのもアルのおかげね。私は本当に働きもせず、ダラダラとスローライフを満喫して、なんだか情けなくなってきちゃったわ」


 本当はいつまでもこんな事をしていてはいけないのだろう。聖女(わたし)がいなくなって、半年。首都近郊の結界が綻び、魔獣の出現率が上がったとこの間ギルドで耳にした。

 とはいえ私は罪人として追放された身。きっと新しい聖女様がなんとかしてくれるはず。

 そうやって、誰かに何かを押し付けて、役割を放棄して、私は一体何がしたかったのだろう。

 働き者のアルやこの町の人たちを見ていると、そんな事を考えてしまうのだ。


「……シアは、本当に真面目だね」


 ことっと自分の分のカップをテーブルに置いたアルは、トコトコと私の側までやってきて、椅子に座っている私の頭を撫でた。

 誰かに頭を撫でられるなんて、孤児院で先生に褒められた時以来で、私は驚く。


「ねぇ、シア。シアが何もしてないなんて事ないよ」


 紅茶色の瞳が、とても真剣な眼差しで、私の目を見る。


「この土地で、作物が育つのはシアが瘴気を祓っているからだよ」


 俺はちゃんと知っているよ、ととても優しい顔をしてアルは笑う。


「シアは、俺が怪我をしたら手当てしてくれるでしょ?」


 本当は放っておいたって、すぐ治るんだけどね、と苦笑しながら腕に巻いた包帯を見せる。


「何にもしないって言いながら、結局気になって、作物を見て回ったり、家畜の世話をしてみたり、こっそりみんなに傷薬を差し入れしたり、そんなことしてるでしょ」


 アルは私の両手をとって、言葉を1つ1つ選びながら、一生懸命伝えてくれる。


「全部、シアからだったんだよ」


 私は、そんなまっすぐ見てくるアルの瞳がまぶしすぎて、目を伏せてしまう。


「みんなが優しくしたいと思うのはね、シアがたくさん、"優しい"をくれたからなんだよ」


「……私は、優しくなんかないよ」


「充分、優しいよ。行き場のない俺のこと、詳しい事情も聞かずにここに置いてくれているでしょ?」


 アルは、そう言って小さな体で私のことを抱きしめる。


「いつか、シアがまた笑えるようになるまで、元気になるまで、俺が君を守るから。シアはそのままでいいんだよ」


 大丈夫、大丈夫とまるで小さな子どもをあやすみたいにアルは、とても優しい声で何度もつぶやく。

 その声を聞いていたら、なんだか無性に泣きたくなった。


「はぁ、アルはきっと大きくなったら、女の子にモテモテね。うちの子が、イケメンに育ってて、お姉ちゃんとしては嬉しいわ」


 私は茶化すようにそう言った。君を守るだなんて、まるで王子様みたいなセリフ。

 だけど、アルが言うと絵本の中のワンシーンみたい。


「アルが出て行く日が来たら、お姉ちゃん泣いちゃうわ」


 せめて、この子がきちんと自立できるように、私はそろそろ前を向かなければ。

 なんだかそんな風に元気が出た。


「シアをお姉ちゃんと思ったことないんだけど」


 ちょっと拗ねたように、アルはそういう。


「おっと、アルが急に辛辣に。まぁ確かに年下に、おんぶに抱っこじゃ、そう思われるかもしれないけど」


「……シアは、ホントの俺を知らないから」


「えっ?」


 私から体を離したアルは、しぃーと人差し指を唇に当てて、小首をかしげ、


「内緒」


 といたずらっぽく笑った。

 なんだ、この子超絶かわいい。そんな仕草もめちゃめちゃ似合う。

 私は今日もこの小さな王子様に、キュンと癒されながら、1日を過ごす幸せを噛み締めた。

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