10.その聖女、勇者と再会する。
聖女であった事や先代魔王の討伐に関わった事をアルに話そうと決めた矢先、ソレは何の前触れもなくやってきた。
「ねぇ、マロ。あなた、ヒトを拾う趣味でもあるの?」
肯定なのかヒヒーンと褒めてと言わんばかりに鳴くので、とりあえず頭を撫でてやった。
アルの丹精なブラッシングのおかげで、マロの毛艶がめちゃくちゃ良くなったなぁと撫でながら感心する。
日課となった、マロに乗っての周辺の散策の最中で寄った川のそばで、泥塗れで行き倒れている男性を見つけた。
うつ伏せのままぴくりとも動かないその人に近づき、とりあえず生きているか確認しようと思って手が止まる。
彼が身につけている装備に見覚えがあった。
私はため息をついて、足で思いっきり蹴って転がす。
ゴロンとダイナミックに反転して現れたその顔は、やはり見覚えのあるそれで、幸せそうにイビキをかいて寝ていた。
「…………見なかったことにしよう」
うん、生きてるし。私は何も見てない、でいいかな?
100%面倒ごとにしかならない予感に、全力で回避しようとした私の心情なんてお構いなく、マロが高らかと声を上げ嘶く。
その声に、目を覚ました奴と目が合う。
「聖女、やはり生きていたか!」
うーわ、最悪。
会いたくなかったその人は、私の心情など1ミリも汲む気がないように、豪快に笑った。
☆
見つかってしまった以上、放置すれば草の根かき分けてでも家を特定されかねない。
コレに魔族の子であるアルが見つかるわけにはいかないので、アルが持たせてくれたサンドイッチと紅茶をしかたなーく提供してやり、私はため息を漏らす。
「うん、美味いな」
それはそれは美味しそうに遠慮なくヒトのランチを食べるその人に、
「それ、食べたら帰りなさいよ」
とそうはっきり言う。
「聖女を探しに来たのに、何で帰らなければならん。用件が済むまで帰れるか!」
「少なくとも私には勇者様に用はないし、それに私、もう聖女じゃないから」
大事な事なので聖女じゃないの部分をちょっと強調して伝える。
「勇者様にいつかれると困るのよ。さっさと勇者らしく、冒険でもダンジョン攻略でも繰り出してくださいませんかね? ギルドマスターなら紹介するんで」
「相変わらず聖女様はつれないなー。セリシア嬢?」
「相変わらず人の話し聞かないわね、勇者様。聖女辞めたっつてんでしょ!? この脳筋がっ」
チッと舌打ちをして、私は勇者ことノエル・ブレナーにそう怒鳴る。
ヤダ、このノリ久しぶり過ぎてイライラしてきちゃったわ。
最近は特に至れり尽くせりで癒ししかない可愛いアルとお節介ではあるけれど気のいいラスティの住人に慣れ過ぎていたせいで余計そう感じてしまう。
「ははっ、そう言うな。わざわざ首都から最果てまで来たと言うのに」
「頼んでない。ミリも頼んでないっ!」
おかえりはあちらです、とツンとして私は森の出口を指さす。
そんな私の態度なんてまるで気にすることもなく、ノエルは笑ってサンドイッチを頬張った。
「久方ぶりに首都に戻ったらな、面白い噂を聞いたんだ」
サンドイッチをペロリと平らげた、ノエルは勝手に話し出す。本当に話を聞かないなと呆れながらも私は仕方なく耳を傾ける。
「光魔法を駆使して魔王討伐に寄与した閃光の聖女様がなんと偽物で、数々の輝かしい功績も全て他者から掠め取った悪女。王子に婚約破棄されたあげく追放されて、最果てに向かう道中魔獣に喰われて死んだ、と」
なるほど、私は首都では今そんな扱いなのかといっそ清々しい気持ちだった。死亡扱いなら、これから先呼び戻される事もないだろう。
「おかしいな、じゃあ今俺の目の前にいる聖女様は何者だろうか? 魔王を共に討ち取って一緒に旅した聖女様は見間違いようがなく、ここにいるのに」
ノエルを纏うオーラが物々しく、畏怖を通り越して寒気がしてくる。
「何であなたがそんなに怒ってるのよ」
「怒れよ! どう考えても濡れ衣だろ。現に今、首都はじわじわ腐敗し始めてるぞ」
「……別に構わないわ。あそこに未練などないし、新しい聖女様がいらっしゃるでしょ?」
正直、なぜ勇者様がわざわざこんな最果てまで出向いて怒り狂っていらっしゃるのか私は理解に苦しむ。
「アイツこそ偽物だろっ! 確かに光属性の魔力持ちだが、治癒魔法は使えない、結界張れないどころかお前が残して来た結界の補修すらできない。モンスターが怖いからダンジョンいかないって、何で聖女名乗ってんだよ」
「…………いや、うん。思ってた以上に雑な代役だけど、それを私に言われても」
だから、どうしろと? というのが私の正直な感想だった。王子の独断で聖女に据えたのだろうけど、私にはもう関係なくない? と怒りをぶつけられる意味が分からない。
結界にしても、教会には聖女以外の聖職者もいるし、まぁ補修くらいなんとかなるだろう。治癒魔法に関しては聖女じゃなくても治癒師いるだろうし。
そして気づく。アレ? 私なんであんなに馬車馬の如く働いていたんだろう、と。代わりならいくらでもいるじゃんと休息をとって回復した頭が冷静にそう判断を下す。
「セリシアは悔しくないのかっ! 俺は悔しい!!」
ノエルが私の肩を掴んで、耳が痛くなるほど大きな声でそう言った。
「セリシアがどれだけ尽力したと思ってるんだっ! セリシアがいなかったら魔王だって討伐できてない。魔王だけじゃない。他にも攻略できなかったダンジョンも沢山ある。首都だけじゃない。ずっとこの5年駆けずり回って、疫病防いで、結界紡いで平和を保ってきたのだって全部セリシアだろうが!!」
ノエルの言葉に私は目を見開く。
「……俺は、悔しいっ」
ああ、そうだ。この人はこう言うヒトだった、と今更ながら思い出す。
鬱陶しくて、暑苦しくて、人の話なんてろくろく聞いてないけれど、ヒトの功績は絶対見ていてくれて褒めてくれる。
こんな最果てまで私のためにわざわざ怒りに来てくれたのかと、それを理解して私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、はは、あはははっ! わざわざ、わざわざそれだけのために? もう、勇者様暇なの?」
いきなり笑い出した私を、ノエルが惚けたように見返す。
「ふふっ、あーおっかしぃ。そんな、自分のことみたいに……」
ひとしきり笑って涙目になった私は、
「あーでも、うん。ありがとう」
そう素直にお礼をいった。
この半年ゆっくりして、心が満たされたからだろう。
半年前なら受け取れなかっただろう感情を、今の私は受け入れるだけの余裕があり、私の代わりに真剣に怒ってくれたという事実が単純に嬉しかった。
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