1-2.ルールと世界
「……いくつかの世界を、救う?」
不敵な笑みを浮かべたままの目の前の観測天使、イーリスの言葉を反芻する、自分の世界を救って、返してほしいと言ったのにそれの対価にって事か?いや、こいつはゲームといった、ならそんなまっとうな物では………
「そうです、言い方は悪くなりますが、志田様が、志田様の世界がどれくらいてきたのかというのを見せてもらう、考えてもらうんです、世界を救う英雄、異界漂流者となって」
「その英雄になる世界ってのはー」
「はい、先程申しました志田様に救ってもらう世界です、かつてアンケートで存続を許されつつも滅びに向かってしまっている世界」
「…そういうのをぽんと消してしまったりはしないのか、勝手な印象だけどお前たちはここまでの行動そういう事軽くしてしまいそうなんだけれど」
此方の嫌味にイーリスはやれやれといった方にわざとらしく肩をすくめる、初対面のときもそうだがこいつのちょいちょい芝居がかった反応はなんなんだ
「気持ちと考えはわかります、ですが上位の神様たちは『かつて自分たちが下した決断が覆る』事をひどく嫌うのです、なのでこうして許された世界が滅びそうになると今回のゲームを通してテコ入れなさるのですよ、困ったものです」
「……えっと、そんな性格なのに一度滅ぼした世界を賭けたゲームって……」
「あくまでこれはアンケートの結果、ですからね神様たち的には直接判断したわけじゃない保留段階、ゲームを通して最終審査、と言った考えなのでしょう、それにこれを行うことで確かにより良い世界への成長は見込めますからね」
「さっき言った考えてもらう、の部分か」
「そうですそうです!例えばですね」
イーリスは指をぱちんと鳴らすと、俺の飲みかけのミネラルウォーターのボトルが捻り、捻られキャップが飛び中の水が溢れ…無い、それは氷一本の柱のようになりペットボトルから突き出ている、これはまるで……
「……魔法、とか?」
「おっ、ご察しの良い、流石志田様、よっ英雄候補!平均民!」
「微塵も褒めてねぇだろ」
「あはー、でもここで手品?とか聞かれなかっただけ私は安心です、そう、魔法、志田様の世界の科学、そしてこの魔法、もしくは超能力、大体の世界はこの三系統に分かれるんですよ、互いにできること、できないことは有る、そして互いの領域には基本干渉も知識もありませんからどうしても世界の成長視野は狭くなっちゃうんですよね」
「…それを学ばせるため」
「あくまで追加、あくまでメインはゲームです、大丈夫です志田様も別世界では魔法は使えますよ、難しいことではないので」
「それはえー…お前たちの力によるもので?それともなんだろうか、原理としてそういうものなのか」
「そういうものなんですよ、ただ志田様の世界では難しいかもですね」
そういいながらイーリスはロッカーのような場所から鞄…マント?それに剣なんかを取り出し机の上に積んでいく
「待て待て、俺剣なんて使えないぞ」
「でしょうね、大丈夫ですよその辺は自然と身体に覚えてもらっておきますから……スタートは皆々同じじゃないと、あとー……これでいっか、スマホ、志田様のとは違いますけど」
「スマホ」
「ご安心を!私や道中会う同系統の異界漂流者との連絡、踏破したところの地図くらいしか見えませんので、なんかよくある便利機能とかは無いですよ」
「あぁそうなのね……同系統の異界漂流者?」
「それは居るでしょう、志田様のように世界を消され、それを取り戻さんとする人間が、もちろんそういう人達と協力するも殺して自分の世界の生存率をあげるもご自由に」
ひどく物騒な話が聞こえた
「…生き残った一人だけ、とかなのか?」
「そういう事もあります、そうでないこともありますが、あとでまとめますよーと、よし、荷物はこれで良いでしょう」
「…はっきりしないな、ちょっと待てもうスタートなのか?待てまだ聞きたいことが……」
なにやらそれらしい門をおそらくは魔法で作り出しながらイーリスはけだるげに此方を向く
「なんですかぁ1つか2つ、気分によっては3から4、5の場合もありますけど、応えられることだけですよ」
「……世界の分岐って、おおよそ20年でーと言っていたけど、例えば俺がお前とあった時、ギリギリまでカレーと悩んでたんだ、カレーだったら別のぐちから出てて、お前とは出会わなかったはず、何だがそういうのは世界の分岐じゃないのか?」
「……ふむ、そうですね志田様ドラ●もんって読んだことあります?」
「…そりゃまぁ」
「大雑把に言うとそれです、道中に変更があっても、大きな未来の結果には影響がない、言ってしまえば大体は同じ結末に収束する、というやつです、影響力のない人ならば特に、そう、まさに志田様のように!」
「馴れ馴れしくちょっとうざくなってきたな」
「声に出てますよ」
「出してんだよ」
「と言うかですよ、私は志田様に狙って会いに行っているんです、もし万が一別の場所に向かってたら私もそこに向かっているわけですから、それくらいわからない、予測できないとこの仕事務まりませんので」
得意げに鼻を鳴らしないメガネを上げる仕草をする、観測天使とか偉そうに言う割にはイーリスは先程からちょこちょこと人間臭さを見せる、天使というのも自称だし、この女は一体そもそもなんなのだろうか、世界が消えたとか、予測できるだとか……そういうのは、ある程度飲み込むしか無い
「わかった、それはいい、もう一つ気になることが増えた、質問いいか」
「許可しましょう」
「お前はさっき、ゲームとしてかつて存続を許可された世界を救ってもらうと言った、それに関してはどうなんだ?俺みたいな一般人が介入して救おうとしても、結果的に良くない方向に進むんじゃないか?」
「それは外的要因ですから、勿論そもそも救えるかは志田様次第ではありますけど、志田様の世界だって200年後くらいにどうあがいても地球温暖化の影響で滅びるという終着点、収束滅亡地点があったとします、でもそこに外的要因、私達や上位存在なんかが関わったのでそこにたどり着くこと無く滅びたわけではないですか、感覚としてはそれに近いかも、ですね」
「勿論志田様は一般人、平均値です、けれどあの世界にはない発想と視点、0から学ぶからこそ浮かぶ考えなんかもあると思うんですよね、それを神々は期待してるわけでして」
「……納得は行かない、だが理解はできる、それでどうにかできるかは別として、けどさっき出した剣だってそうだ、さっきも言ったが振るえないぞ、喧嘩だって小学生以来していない」
これは事実だ、中学の時はテニス部だし、高校は映画研究会の幽霊部員だった、運動は少ない友人とたまにする程度、県道の経験も全くない
「そこはまぁまぁぱぱっと身体がおぼえますよ、きっと」
「……不思議な力で使えるようになる、とか?」
「ちょっと違いますね、ちょっとですけど……と、ではルールを並べますよ?まずはー
『ルール1.異界漂流者の世界を救う可能性を手に入れるには此方の案内する世界を救済してもらう必要がある』
『ルール2.今回向かう世界は魔法の存在する世界である』
『ルール3.決して異世界を救ったからと言って絶対に己の世界が救われる訳では無い、あくまで可能性と視点の話であり、異世界を救えなくても異界漂流者の世界が救われる可能性はある』
『ルール4.異界漂流者が死亡した場合、本人の世界も共に完全消失する』
『ルール5.異界漂流者同士での協力は可能、しかし両者の世界が救われる場合も片方だけの場合もある』こんな所ですかね、今話せるのは」
……いくつか気になるところはある、今話せるのは、ということは隠されたルールがあること、そして先程聞いた通り一つの世界に多数の俺みたいな存在、異界漂流者……いや、被害者が居るということ、それと……
「…これ、そもそもルールじゃない気がするんだが……今回向かう世界?」
「はい、あくまで今回向かう世界です」
「それは次回があるってことか、これは俺に?それともこのゲームに」
あの口角を吊り上げ薄っすらと歯を見せる笑みを浮かべ、イーリスは応える、なんとなく理解した、この笑いをするときこの天使、機嫌がいいんだ、いい性格をしてる、勿論嫌味だが
「異界漂流者に、です、なので折れない心があれば10、20と世界を回り回って可能性を探し求めても良いんですよ」
「…善良だな、だがそういうルールがあるっていうのはー……」
「ですねぇ、あんまりいません、3以上続ける人なんて0.1%くらい、あ、ちなみにですね、道中俺はこの世界に住むぞーとか、支配するぞーとかならそれはそれで構いません、むしろ推奨しますよ」
「……おぼえておく、それでー…どうすればいい、ここから」
「荷物を持ってーー門をくぐりましょ、さほらほら」
イーリスはにこやかに先程作った門を開く……青白い淡い光、先が見えない
「ここを、くぐるんだな……なぁイーリス、この先に進んだらどこに」
「どーん!」
「うっ、おわっお前!」
此方の話も聞かずイーリスに背中を押される、正直実感もない、何もない平凡な人生のほうが良かったのかもしれない、だがその先は崩れ、歯車は狂ってしまった
俺の世界は、皆の命は、俺に……
これは、創られた英雄譚
これは、先の見えない旅路の記録
これは、■の■■と■への■■の■■
ゆっくりと閉まるもんを見つめ、イーリスは誰もいない教室で一人つぶやく
「次はあの世界の言い方的には4ヶ月後ですかね、志田様が目覚めるのは」
「記憶はなくとも、身体にしっかりと覚えてもらいますから…ねっ」
機嫌良さげにくるりと回る彼女の姿は、一回転を待つ事もなく光の粒となり消えた