ココに尋ねる
「おはよう」
教室に入った瞬間、会話が止まって、みんなが俺を見る。
邪魔そうに見る者、見下すように見る者、嫌悪感を露わにする者。
いずれも歓迎されてない。
匂い消しの香水を付けているから人間だとバレはしないだろうが……。
それにしたって転校生と言ったらチヤホヤされるものだと思ってたからがっかりだ。
どうしよう。いきなり孤独だ。
教室を見渡すと異彩を放つ奴が一人。
隅で文庫本を読んでいたフードの女だ。
「ココ?」
「……(ビクッ)」
そんな驚くことないだろ。
でもたしかにそいつはココであるらしく、文庫本から顔を上げた。
ギュンッ
うおお、心臓がギュンッてなった。なんかしおらしい態度が良すぎる。キュンを通り越して、ギュンッだ。
「おはっ……ヨゥゴザィマスゥ……」
俺のテンションとは対象的に、ココは尻すぼみに小声になっていく。
まあ、そうか。こんな雰囲気の教室じゃ話しづらくてしょうがないよな。
ふむ、ここは漫画のイケメン男子がやっていたのを俺も真似するか。
「やあ、ココ。話があるんだけど、少し良いか?」
俺は廊下に目をやる。
クイッとだ。この角度が大事。昨日、鏡で練習もした。
「……」
なんで無視するんだよ。
クイッ
ココもそれを察してくれたのか、文庫本を机に仕舞って廊下へ出てくれた。
なぜかキョロキョロしていたのが気になったが。
「は、話って何ですか?」
拳を胸元に当て、少し警戒気味の声色だ。
「昨日、校門で人と会ったんだ。それが誰かを知りたい」
たっぷり一秒、ココはため息を吐いた。
「なーんだ。急に変顔で廊下に呼ぶんだから、びっくりしましたよぉ、もう」
頬を膨らませ、ぐいっと寄ってくる。かわいい。
というか変顔ってなんですかココさん。
「なんかごめん……」
あの教室に居合わせた全員に謝りたい。
「落ち込み激しすぎませんか!? い、いいですよ! 許してあげます」
「やさしい……」
こんなに優しいの主人公の幼馴染くらい。
ハッ!?
そうか、そういうことか。なんとなくココは幼馴染っぽい雰囲気がある。
昨日までの俺ならこの直感を信じた。もし俺を吸血鬼にしたのがココなら、過去に会ったことがあるからだ。
でも今は半信半疑。
「で、人探しですか? 昨日のあの時間、校門に居るような生徒って、たぶん授業に出てない生徒ですよ」
「だよなぁ」
転校生としての洗礼を受けたのは午後の授業中だった。
「昨日の放課後、その人と何か話しましたか?」
「ああ、ターゲットを、こ……」
殺さなきゃ、と続けようとして口をつぐむ。
「こ?」
まずい。自分が吸血鬼ハンターだと言ってるようなものじゃないか。
なんとかごまかさなきゃ。
こ……。こ……。こで始まる何かは無いのか?
目の前で不思議そうに首をかしげている……
「ココ」
「え? 私ですか?」
「そ、そう! ココがかわいいなあって……」
「へっ!?」
「はっ!?」
ばか! 俺は何を言ってるんだ!
「急に何を言い出すんですか! そういう冗談はやめてくださいっ」
いや、実際に思ってたことだから嘘ではないんだけど……。
「ご、ごめん」
「その顔は本当なんですね……!」
口だけの謝罪は一瞬で看破された。
ココは耳まで赤くして、俺を睨みつける。が、目が合うとそっぽを向いた。
怒って当然だ。
親切にしてくれた相手にかわいいなど!
劣情を抱く童貞そのものじゃないか。何たる不覚!
「かわいいとか言われるの嫌だったよな、本当にごめん! この通り」
真剣に謝る。頭を深々と下げた。
沈黙が長い……。くそう、ココと話せなくなるのは嫌だ!
「べ、別に嫌というわけでは……」
ん?
頭上からモニョモニョという声が聞こえてきたが、聞き間違いだろうか。
「ええっと、ココさん?」
恐る恐る顔を上げてみる。
俺を見るなりぷいっと明後日の方角を見たが、その目に敵意は感じられない。
ひとまず誠意、もとい必死さは伝わったかな……。
じーっと見てるとココはふんと鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「な、何でもありませんから。で、話はそれだけですか?」
「ああ、そうだけど」
「わざわざ教室から呼び出すから何かと思いましたよ」
まあ、そりゃそうだよな。
俺の都合で呼び出したんだから、ココには少し申し訳ない。
「ごめん。あの教室の空気が少し苦手でさ」
正直に言う。
「あっ……、そうですよね。ごめんなさい」
ココは察したようで、本当に申し訳無さそうに頭を下げる。
「良いって良いって! ココが謝るようなことじゃない」
おずおずと頭を上げる。
あと、その姿勢は胸が強調されてヤバい。
「そうですか? 私も含めて、みんな転校生に慣れてないんです」
「俺だって転校……、いや、こういう学校生活も初めてなんだ」
半吸血鬼にされたせいで俺は小学校中退だ。
今でも日差しを浴び続けると気を失ってしまう。
機関の施設で勉強はしているが、学び舎というものは漫画でしか知らない。
一瞬キョトンとしたココは思いついたように手のひらを合わせる。
「じゃあ、私が案内しましょうか……?」
「学校の案内を、ココが?」
意外な申し出だ。さっきまでおっかなびっくりしていた子の提案とは思えない。
やはり俺を半眷属にしたのがココで、人目のつかない場所で俺を始末するつもりなのだろうか。
「あっ、ごめんなさいっ。私なんかに案内されちゃイヤですよね……」
一歩引いて背筋を縮こませた。
というかそんなに自信のない吸血鬼は初めて見たぞ。
いや、でもこれは疑いの目を向けた俺が悪いか。
「そんなことないよ。ココにぜひ案内をお願いしたい」
「なら、案内しちゃおうかな……。それじゃあ放課後またここで」
「わかった」
こうして俺はココに学校案内をしてもらえることになった。
学校を回れば昨日のあの子も見つかるかも知れない。