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ディンゴ先生の依頼

 朝、教室に来るなり俺はココにペンダントを返す。


「おはよう。ごめん、昨日のうちに返せれば良かったんだけど……」


 フードを被って今日も陰気に見えたが、顔をガバッと上げた。反動でフードが脱げた。さらにペンダントごと俺の手を握りしめてくるじゃないか。

 い、痛い。

 しかも力みすぎてブルブルと震えている。怒らせたかな……。


「しっ、心配したんですよ!?」


「えっ?」


 あまりの大声で教室が静まり返る。

 ココはそんなのお構いなしにまくしたてた。


「ドラクさんに勝負を挑むなんて死んでもおかしくないんですからねっ?」


 怒っているのか泣いているのか分からない顔だった。

 教室の静寂はやがてざわつきへと変わる。


「ごめん。でも大事にしてたものなんだろ?」


「それはそうですけど……、はっ」


 ココはあわてて手を離す。

 締め付けられた俺の手から赤みが引いていくのと対称的に、ココの顔がみるみる赤くなっていった。

 うわ、俺まで照れそうになる。


「これ、返すから」


「は、はい……」


 ココが両手を皿のようにして差し出したので、俺は指が手に触れないようにそっとペンダントをそこに置いた。

 ふぅ。

 一息つくと教室じゅうの視線が俺に向いているのに気づいた。


「みんな、どうかしたのか?」


 閉め切ったカーテンのそばでひそひそ話する同級生たちに問いかけてみる。

 誰もが押し黙った。

 端の方で女子二人がささやきあっているので、俺は目を閉じて音に集中する。


(あのドラクと戦って無傷だなんてー、ありえないわよねー)


(でも、それがほんまならウチはスカッとするわ)


(あいついーっつも血統で私ら見下すもんねー)


(せやせや)


 ドラクそんな風に思われてたのか。

 目を開いて、集中を解く。

 ちょうどそのタイミングで担任のディンゴ先生が教室へやってきた。


「おらおめーら席につけ~」


 気怠げな言い方だし、ヨレヨレのシャツに薄汚れた白衣の男だ。


「はーい」


 俺たちは席に着く。

 無精髭を生やしたダメ人間風のおっさんが教壇に立ったと同時に朝のチャイムが鳴る。

 鳴り終わるのを待ってから話しだした。


「今日はドラク君が怪我のため欠席だ」


 教室がふたたびざわつく。


「やっぱりホンマだったんや」


 そんな声が後ろの席から聞こえた。

 ディンゴ先生は見かねて手を鳴らす。


「はい静かに。他に居ない奴いるか~?」


 トボけた質問に俺の後ろの席からツッコミが飛ぶ。


「居らん人は居らんやろ!」


 ハハハ、と鉄板のやり取りに小さな笑いが起こる。

 おかげで俺に向いていた意識が薄くなったのを感じた。

 このおっさん教師のユルさに助けられたな。


「それと学校に猛獣が紛れ込んだらしい。プリント配るから後ろに回せ~」


 そう言ってディンゴ先生から回ってきたわら半紙を見ると、学園の地図に三つのばつ印が付いていた。


「今のところ備品が壊れた程度だが、傷の様子から大型の獣ってのが予想だ。そのバッテンには近づくなよ」


 この霧宮島にどうやってそんな獣が紛れ込んだのか不思議だ。

 湖上の孤島だが、まあそれが人狼なら吸血鬼が警戒するのは当然と言える。

 吸血鬼ハンターとは別勢力だが、あいつらの吸血鬼への殺意は人間の比じゃないからな。


「じゃあ最後にココ君。アクセサリーは禁止だぞ。あとで廊下に来なさい」


「あっ、ごめんなさい……。わかりました」


 ココがしゅんとしながら返事して、朝の会が終わった。

 教室を出たディンゴ先生に続いてココが廊下に出ていく。


 ああしてバレたのは俺が昨日のうちに返さなかったせいだよな……。

 様子を見に行こう。


 廊下に出ると、ココがペンダントが親の形見で、肌身離さず持ち歩いている旨を説明していた。

 ペンダントはバン先生の手にあるから没収されたのだろうか。


「あ、バンくん。ごめんね、返してくれたのに」


「ああ、俺の方こそすまない。放課後に返した方が良かったな」


 チラリとディンゴ先生を一瞥する。

 こうして至近距離で見るとかなりのタッパだ。

 生活感まる出しな感じで全然吸血鬼っぽく無いおっさんは「ほう」と興味深そうに無精髭を撫でた。


「バン君、これはお前が教室に持ち込んだってことになるな?」


「え? たしかにそうなるか……」


「よし。今日の放課後、お前たち二人は教室に残りなさい」


 俺とココは顔を見合わせ、しぶしぶ「はい」と返事をしたのだった。



 ◆



 放課後、教室で二人、ディンゴ先生を待つ俺たちは、ぎこちない空気を互いに感じて二人して黙っていた。

 これじゃダメなのだ。

 ノーニャくらい話せるようにならないと、俺がココに感じている気持ちが本当の恋愛感情なのか分からない。

 よし、昨日の夜、寝る前にシミュレートした吸血鬼トークを引っ張り出そう。


「「あの!」」


 しまった。一緒に話を切り出してしまい、頭が真っ白になる。


「あ、えっと、ココが先に言って」


「それならバンくんが先に言ってくださいよ」


「あ~、それがその、何を言うか忘れちゃってな……」


 ダメだ、吸血鬼トークなんてすんなり出てくるかよ。

 人間として暮らしてる俺には無理な話だ。

 ところが、ココは驚いた顔をしている。


「実は私も何を言うか忘れちゃいました……」


「……」


「……」


 キョトンとして顔を見合わせた。

 なんだ、俺たちこんなところまで似てるんだな。


「……ふっ」


 ほっとしたら思わず笑みがこぼれる。


「ふふっ」


 それにつられてココも笑った。

 なんだろう、ノーニャとは違う意味で居心地の良さを感じる。

 これも好きってことなのかな……?


 パンパン!


「はいはい! お前らそこまで! 先生ほったらかしにしてなーに青春してんだ」


 教室の扉の前でディンゴ先生が面倒くさそうに顎の無精髭をさする。

 いつの間にいたんだ。

 教壇に歩く途中でペンダントをココの机の上に置く。


「じゃあそれは返しておく」


「は、はい。すいません」


「今後は上手く隠せ」


 その物言いに俺は引っかかる。


「上手く隠せなんて先生が言っていいのか?」


「良い気づきだ、バン君。持ち込みは隠して良い。ただ、お前らには一つやるべきことが出来た」


「……交換条件か」


「話が早くて助かる。このクラスに居るだろう? 居ない奴が」


 俺は朝のやり取りを一瞬だけ思い出した。

 ピンときていない俺を尻目にディンゴ先生はココを見る。


「羽鳥エルゼ様ですね」


 ……様ってなんだ?


「そのとおりだ。あいつ、新学期になってから一度も学校に来てねえ。探して連れてこい」


 どうやら俺たちに断る権利はなさそうだ。


「わかりましたよ」


 俺とココがしぶしぶ頷くと、ディンゴ先生は面倒くさそうに出口へ向かった。

 去り際に彼は足を止め、こちらを見ることもなく数秒の沈黙が流れた。


「チャンスは思いも寄らない時に訪れるものだ。胸に刻んでおけよ、バン少年」


「は、はい」


 ……何か意味深なことを言ってそのまま立ち去った。

 何だったんだろう。

 それからココが首を傾げる俺の方に振り返って見るからにシュンとうつむく。


「バンくん、ごめんなさい。私のせいでこんなことまで巻き込んでしまって」


「ココは悪くない。全部ドラクのせいだろ」


 ココは押し黙る。無言の肯定というやつだろう。


「そうだとしても、せめてペンダントのお礼はさせてください」


「お礼なんて要らないよ」


 いつか俺はココを討伐するのかもしれないのだ。

 そんな相手にお礼なんて貰ったら、討伐しにくくなる。


「でも」


「いいって」


 そんな俺の態度はココを余計にシュンとさせてしまう。

 でも、しょうがないんだ。

 ココと俺は吸血鬼と吸血鬼ハンターで、友達にも、まして恋人にもなれないのだから。

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