表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/67

小さな真祖エルゼ

「ド、ドラク様っ!」


 ゴリラがすっ飛んでドラクを池の中から助けた。

 溺れかけて弱りきったドラクはべったりとした金髪から水を絞り、俺をキッとにらみつける。

 しかし、俺が指でっぽうを作ったら、顔を青くして目をそらした。


「ふん……。今日の所は見逃してやる」


「そりゃどうも」


 しばらくの沈黙の後、ドラクがうなずく。

 俺はドラクの視線が上に向いたのを今になって気づく。


「……オデの蹴り、食らってみろぉぉ!!」


「この! 不意打ちだとっ!?」


 俺はいつの間にかゴリラに背後を取られていた。

 振り向きざまに脇腹に衝撃が走る。


「ぐうっ」


 絞りきった雑巾みたいな声が漏れた。

 靴底で切ったらしく、鋭い痛みが走る。


 体をくの字に曲げそうになる。

 でも、ダメだ!


 その姿勢は追撃を避けられない。


「今度は僕がもう一撃だッ!」


 ドラクが俺を狙いすます。

 痛みで硬直する俺にドラクは情け容赦なく次の一撃を繰り出して――


 ――来なかった。


「ぷぁ?」


 奇妙な断末魔と共にドラクの首が跳ね飛ばされた。

 鮮血の雨が降る。


「だ、だれがこんなことを」


 尻もちを付いた俺は、いつの間にかそこにいた少女の姿を捉えた。

 金髪紅眼が血の雨を浴びながら片手でドラクの首を掴んでいる。

 ドラクの首はゾッとした表情で叫びだした。


「ヒィィィ! 小さな真祖リトル・ドラクル!?」


 そんな悲鳴を無視し、少女は俺をまじまじと見つめる。


 ……なんだこの子。

 制服を赤に染めた姿はまさに人類の敵、吸血鬼に間違いない。


 なのに。


 ――ドキリ


 この少女に対してひどく惹かれていた。

 まさかこの子が昨日会った少女なのか?


 彼女が俺にドラクの首を差し出し、小首を傾げる。


「欲しいの?」


「いや、いらない」


「あそ」


 ぽい、とドラクの頭を取り巻きゴリラの方へ投げた。

 ゴリラがよろけながら拾う。


「大丈夫ですか、ドラク様?」


「そんなわけないだろ! 死んでしまう! 早くしろウスノロ! 今すぐ部屋に戻って血液ドリンクを飲ませろぉぉ!!」


 情けない悲鳴と共にゴリラがドラクの頭と胴体を抱えて宿舎の方へ走り去った。


 どうやらあいつ自身が人間に危害を加えているわけではなさそうだな。

 吸血鬼ハンターの規定からすれば討伐対象ではないことになる。


 殺さなくてよかった。

 だけど、それにしても。


「ありがとう。俺を助けてくれて……で良いんだよな?」


「勘違いしないで頂戴。助けたわけではないわ」


 高圧的な態度だが、嫌な気はしない。

 あんな良いタイミングで横槍を入れるなんて助けたに決まってるだろ。

 ぷいとそっぽを向いた少女を観察すると、やはりその小さなシルエットに見覚えがあった。


「やっぱり、俺ときみってどこかで会ったことないか?」


「はぁぁ!? あんた、わたしを口説いてるつもり?」


「いや、違うって! たしかにかわいいけどさ」


「かわ!? ななな、なによ急に!」


 少女は背を向けた。

 そのシルエットは紛れもなく、昨日会った少女だった。


 ――昨日、会わなかったか?


 バカ正直にそう聞くのは容易い。

 だが、昨日の俺は口を滑らせて誰かを殺そうとしていることをバラしてしまった。

 しかも、もしかしたら俺が殺すべき相手かもしれない奴にだ。


「まあとにかく助けられた。感謝するよ。あと、これ。拭いて」


 俺はそっぽを向いたままの少女の肩口へハンカチを差し出す。


「血でべとべとになるわよ」


「いいさ。捨ててしまって構わない」


「そ」


 少女は受け取ったハンカチで顔や髪に付いた血を拭った後、ゆっくりと振り返った。

 その表情は打って変わって落ち着いており、俺を値踏みするような目を向ける。


「ああ、自己紹介が遅れたな。俺は黒曜伴こくようばん。気軽にバンって呼んでくれ」


「わたしは羽鳥絵留世はとりえるぜ。エルゼでいいわ。ここでは小さな真祖リトル・ドラクルの方が伝わるかしら」


 最後の方は投げやりそうに言った。

 リトルドラクル?

 そういえば、ドラクがそんなことを言ってた気がする。


「よろしくエルゼ。あと、悪いが、リトルドラクル? とかいうの、俺は知らないんだが」


 エルゼは目を丸くして、顔を伏せて押し黙る。

 なにかまずいことを聞いちゃったのだろうか。

 ふと顔を上げたエルゼは澄ました顔だった。


「そ。じゃあ知らないままの方が良いわ」


 そう言われると気になるのだが、実は俺も昨日のことは黙っておくつもりなので、おあいこだ。


「ところでどうしてこんなところに?」


 学園の中でもここは宿舎からも校舎からも離れている。

 強いて言うなら体育館と宿舎の間にあるちょっとした散歩道だ。


「そうそう。血の匂いがしたのよ。それも、人間のね」


 その目が俺を蛇のように睨んだ。


「っ!?」


 お、落ち着け。

 なんで血の匂いが?


 ……そうか! ドラクに蹴られた時に切った脇腹から出血したんだ。


 俺は脇腹を押さえる。

 けっこう深めに傷が付いて、まだ出血は止まってない。

 興奮していたせいで気づかなかったのだろう。今はすごく痛く感じる。


「まあ、あいつ、血液ドリンクがどうとか言ってたからたぶんその匂いなのだろうけど」


「え? あ、ああ、そうだな。確かにそんなこと言ってた」


 九死に一生を得るとはこのことだ。

 ほっと胸をなでおろす。

 エルゼに気づかれる前に立ち去ろう。


「それより、わたし、あんたに聞きたいことが……」


「ごめん! 俺、用事を思い出したんだ!」


「え? また!?」


 怒り顔のエルゼを置いてけぼりにして俺は池を渡り、人気のない道を行く。

 俺が人間だとバレたんじゃないか……、そんな不安を懐きながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ