ドラク戦、決着
「僕をコケにしやがって! ……おい! 血液ドリンクを寄越せ!!」
「は、はいただいま!」
ゴリラは慌てて懐から赤いパックを取り、ドラクに差し出す。
それを奪うようにドラクが受け取って、一気に中身を飲み干した。
すると、煙を上げながら一瞬のうちに回復し、完全に元通りになった頬がニヤリと歪んだ。
「なんだその回復能力は……」
俺がこぼした言葉に、ドラクは不敵な笑みを浮かべてゆらりと立ち上がる。
「これかい? 人間の血で作った特別なドリンクさ」
空になったパックを落とし、踏みつけた。
吐き気を催す嫌悪感が背筋を走る。
こいつは人を家畜のように扱っているのだ。
人を殺した吸血鬼ならハンターとして狩ってやる!
いや……。
昨日言われた言葉を思い出す。
――『その時が来るマデ、力は見せてはイケナイのデスヨ』
分かってるよ、ノーニャ。
ちゃんと力をセーブして戦うつもりだ。
悩んでいたせいで痺れを切らしたかドラクが先に動く。
「ふぅぅぅぅ! 気持ちいいィィ!! きみがこの僕に付いてこれるかな?」
ドラクの姿が大きくなる。
違う。瞬時に近づかれたせいで遠近感が追いついてないんだ。
「うぐっ!!」
とっさに両腕で攻撃を防ぐ。
お返しとばかりに力いっぱいの殴りだった。
だが、吸血鬼の一撃は威力が段違いで、俺は体勢を維持したまま赤いカーペットの上を後ろ向きに滑る。
ビリビリ……
痺れて腕の感覚が無い。
まずいぞ。血を取り込んだ吸血鬼に敵うわけがない。
「僕の頬を抉ったお返しだ」
続けざまにドラクの殴りが飛んできた。
バキィン!
後ろに弾かれることで、かろうじて衝撃を受け流す。
なんてパワーだ。
まともに食らったらバラバラになるぞ。
「くそっ……! 血を取り込むなんて聞いてないぜ」
「きみこそ妙な体術を使っているじゃあないか!」
「チッ」
見抜かれていたか。
黒曜家直伝の対吸血鬼格闘術だ。
「そら、きみから来ないなら僕から行こうか!」
ドラクは見るからにハイになって瞳孔の開いた瞳で俺を見る。
遠近感が狂ったように感じた。
ドン! バキィン!
ドン! バキィン!
ドン! バキィン!
「ぐっ! うぐっ! っつぅ!」
また守る。
殴られる。
守る。
「どうしたどうした! 防戦一方じゃあないか!」
くそっ……。
どうしたら良い。俺は祈る気持ちで天を仰ぐ。
そこには霧の空が広がっていた。
「教会の外……? ん? 待てよ?」
攻撃を弾き続けた俺はすでに教会の外まで後退していた。
背後には池がある。
俺はひらめいた。
「もう手も足も出ないのかい?」
「それはどうかな?」
「はあ?」
取り巻きどもはまだ教会の中で、俺たちの様子は見えない位置だ。
これならいける。
「指一本で充分」
みぞおちを意識する。
ドクン、ドクン、と心音が頭に響く。
「なにが指一本で充分だ! ほらもう一発!」
俺は指先に炎をまとわせた。
吸血鬼ハンターは気を練ると、気が銀の炎になる。
伸ばした人差し指の先をドラクの額にトンと当てる。
「……え?」
気の抜けた声を漏らしたドラクの足腰から力が抜けた。
銀の炎は銀の弾丸に匹敵する。
「体が動かない……! 僕に何をした!!」
「ドラク、たしかお前って泳げないんだったよな?」
「な、何を言ってるんだ?」
俺はドラクを池へ蹴り落とした。
「やっやめろ! ごぼっ、僕はっ、ぼぼぼ」
腕をばたつかせて慌てるドラクを見た時、俺は怒りがスッと鳴りを潜め、途端に虚しくなった。
教会から隠れ見ている取り巻きへ視線をやり、その場から少し離れる。