一発ぶん殴る
俺はドラクを探して池を渡った先の教会に来た。
そこで奴を見つける。
入り口の横に控えて中の様子を窺うと笑い声が聞こえてきた。
「まったくさっきのは傑作でございやしたねえ、ドラク様」
「良いタイミングだったよ。あの女、混ざりものの分際で成績だけは良いからな」
「ええ、ええ。ドラク様よりも良いですからね」
「うるさい! 純血の僕が混ざりものに劣ってるとでも言いたいのか!?」
「クシシシシ」
中で話しているのは、ドラク、ゴリラ、キツネの三人だ。
たぶんゴリラなんかには力で敵わないだろうが、関係ない。
俺に親切にしてくれたココにそんなこと言うあいつらを俺は許さない。
「おい! お前ら!!」
椅子が無い教会だからよく声が響いた。
赤いカーペットの奥でドラクが金の目を細めて不敵に笑う。
「おや、きみは転校生の。何か用でも?」
「ココのペンダントを返せ」
「これかい?」
ドラクはこれ見よがしにペンダントを手の上で雑に扱う。
「それはココの母の形見なんだ。お前が持ってて良い物じゃない」
「えらく攻撃的だね。僕から言えばこれは混ざりものが持つべき物じゃない」
あやしく光る石は魔力を秘めている。
でも、ココにも俺にもそれが魔石かどうかは関係ない。
「ココの生い立ちは関係ない」
「僕にはあるんだよ。あんなのの入学すら僕は認めてないんだ」
部屋に入った羽虫を見るかのような視線をペンダントに向ける。
なるほど、それがドラクの価値観ってことか。
「なら、俺が落とした物だから俺が取り返す。どうだ?」
「フン。それなら良いよ。……ただし、僕から取り返せたらね」
ドラクの瞳孔が猫のように細くなった。
後ろに控えていたゴリラが臨戦態勢を取る。
「へへ、やっちまいやすか、ドラク様!」
「お前は良い。僕が分からせてやる」
ドラクはペンダントを掲げ、手のひらをくいっと曲げて挑発してきた。
「本気で掛かってこいということか?」
「やれるものならやってみるといい。僕は十二血族の直系だぞ」
「後悔するんじゃないぜ」
「は? 何いってんだ。後悔するのはおま……え?」
俺は一瞬でドラクの目の前に移動した。
運動エネルギーをそのまま乗せて、拳をドラクの左頬へ叩き込む。
「へぶらっ」
吹き飛んだドラクは教会の壁に激突した。
「ドラク様ァァァァァァァァ!?」
俺の真横で取り巻きのゴリラが目を見開いて叫ぶ。
壁にもたれたドラクはずるりと滑り、その場に尻をついた。
吹き飛ばされる程の一撃を食らった頬は肉が削れて奥歯を晒している。
「ひ、卑怯者……! 不意打ちなど……!」
むき出しになった歯がギリリと噛み締められる。
次の瞬間、ドラクの姿が消えた。
「ぐふっ」
衝撃と吐き気が喉元を過ぎる。
拳が俺のみぞおちにめり込んでいた。
俺はその場にうずくまる。
「この卑怯者がっ! 吸血鬼の戦いを知らぬのかァ!? 恥を知れ! オラッ」
ドゴッ ゴスッ
ドラクの蹴りが丸めた俺の背中に突き刺さった。
骨が悲鳴を上げている。
「うっ、ぐうぅ」
呻くことしかできない。
「オイオイオイ? 不意打ちをしてこのザマかぁ? この雑魚が」
ドラクが頭上から罵声を浴びせた。
なんとでも言えばいい、と思いながら顔を上げる。
「へっ」
笑ってやる。そんな蹴りなどどうでもいいんだ、と。
「なに笑ってやがるんだ、このぉ! 僕からこのペンダントを取り返すなどと言って……あっ!? 無い? ペンダントが……!」
俺は片手を上げる。
そこに隠し持ったそれを見せつけてやった。
「これはここだぞ」
「こいつ……! そんなもののために床に伏せてまで……」
ドラクの白い歯があまりの噛み締めでギチギチと鳴る。
おどろいて動きの止まったスキに立ち上がり、ドラクと目線を合わせる。
「そんなもの? これはココが大事にしていたものだ」
ペンダントを今度こそ奪われないように力強く握った。