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半吸血鬼の決意

 放課後、集合した俺はココに連れられて学園の至る所を案内してもらった。

 授業で使う教室やサブアリーナ、普段の生活で使える激安の自販機や寮から校舎への近道。

 一通り見て回った俺たちは霧に包まれた中庭のベンチで一休みする。


 ……ココが俺を始末するというのは杞憂だったみたいだな。


 九月半ば。

 世間は夏だが、年じゅう霧の学園はいやに涼しく、一日中ひぐらしが鳴いている。


「お疲れさまです、バンくん」


「いや、こちらこそ。それにしてもけっこう広いんだなあ」


「島の三分の一が学園の敷地ですからね」


「ああ。しかも坂が多い。もはやハイキングだった。いっそ登山しようかな」


 霧宮学園は山の中腹にあるので、どこに行くにも上りか下りだ。

 

「山の頂上は危ないので近寄っちゃダメですよ」


 ぐいっと顔を寄せてくる。

 近い。疲れもあってか距離感ぶっ壊れ気味だ。


 うわ~、唇すごい潤ってる……じゃなくて!


「あ、ああ。気をつけておくよ。……いや~、それにしても暑いな」


 気持ち半分ほど体を逸らす。


「ふわっ!?」


 びくっとココが後ろに下がった。


 ココは制服の襟を指で引っ張ってパタパタと手団扇をしながら、


「そーですねー、私も暑いですー」


 超棒読みをした。

 人より体温の低い吸血鬼がこれくらい暑いわけなかろうに。

 結局、俺たちは間にもう一人くらい座れるスペースを空けてベンチに座る形になる。


「ん?」


 俺は襟の下に何かあるのを見つける。

 いや、胸元を覗こうとしていたわけではない。断じて。

 なんて思っていたらジロリと睨まれた。


「なんですか?」


「いやっ、別に? えーと、そう! 首に何か付けてるよな?」


「ああ、これですか? 特別お見せするようなものでは」


 セーーーーフ。もうひと押しだ。


「気になるなあ」


「……しょうがないですね。少しだけですよ」


 やれやれと肩をすくめたココが首の後ろに手を回し、それを取り出す。

 俺の手に乗せてくれたので、知ったふうな顔で色んな角度から見てみる。


「ペンダントか。すごく高価そうだ。……あ」


 白い台座に怪しげな光を宿した石が嵌められている。

 よく見ると台座が骨で出来ているのが分かった。


「母からのプレゼントなんです。一族に代々伝わる物なんですけど、不気味でしょう?」


「そんなことないさ。よく見たら手入れもされてるし、大事にしてるんだな」


「そ、そうですか……」


 浮かない顔をしている。


「なにか変なこと言ったかな?」


「いいえ。バンくんの言う通りです。亡くなった母さまのつながりはこれくらいですから」


 余計なことを聞いてしまったと後悔した。


「ごめん。でも、実は俺も親を亡くしてるんだ」


 そんなことを打ち明けてこの場を繕おうとしても無駄なのは俺が充分わかっていた。

 でも、ココはそんな俺の気持ちを察してか、ぺこりと小さく頭を下げる。

 良い子だ、と思っていたら足音が三つ後方から近づいてくるのに気がついた。


「おい、オメーらそこをどけや。ドラク様が休憩するんだからよ」


 振り向くとガラの悪い二人組がいた。

 左はゴリラのような体格、右はキツネのような目の男子生徒だ。

 明らかに俺たちを見下している顔をしている。


「ベンチなら他にもあるだろ」


 ココとの時間を邪魔された俺は敵愾心まる出しで言い返した。

 というかこいつ、クルーザーでココを通せんぼした奴じゃないか?

 ゴリラの方がズンと前に出た。


「ここは泳げないドラク様が居残り練習のプールをサボるために使ってンだよお!」


 続いてキツネ目がニヤリとする。が、特に何も言わず、カニ歩きをした。

 後ろにはイラついた表情をした金髪の少年が拳をワナワナと握りしめている。


「バカゴリラ! 僕が泳げない等と言うな!!」


 凛とした声で怒鳴りつけた。

 そうするとキツネ目はクシシシシとゼンマイ仕掛けみたいに笑った。


「すっ、すいやせん! ドラク様!!」


 ゴリラがその場で頭を下げる。

 ドラク様と呼ばれる少年は俺より背が低いから、ゴリラのお辞儀は膝を曲げてひたすら低頭だ。

 そんなデカブツを無視してドラクとやらは腕を組み、ココの方を見て鼻で笑った。


 こいつ……!


「お前、今ココのこと――」


 ココが俺の腕をひっしと掴んで、俺の言葉が遮られる。


「いいんです。バンくん、行きましょう」


「え? なんでだよ。こいつ今、ココのこと笑ったんだぞ!」


「いいんです!」


 怒気を含んだ声だった。その横顔は悔しそうに歪んでいる。

 そんな風に言われたら俺は何も出来ないじゃないか。

 俺はココに無理やり引っ張られてベンチから立ち上がる。


 その時だった。


 ポトッ……


「あっ、ペンダントが」


 俺はいきなり引っ張られたことで大事なペンダントを落としてしまった。

 しかも、あろうことかドラクとやらの足元にだ。

 俺が拾うより前に拾われる。


「ほう、魔石じゃあないか。混ざりものの分際でよくこんなものを手に入れたものだ」


 ドラクは金色の瞳を爬虫類のように細め、尖った爪の先で石を踊らせる。


「へへっ、ドラク様いいもん拾いやしたね! でも女物ですぜ?」


「バカ! 僕が付けるか、こんなもの!!」


 ドラクがゴリラに突っ込むと、キツネ目がクシシシシと壊れた時計みたいに笑う。


「そもそも魔石というのは……」


 そこでドラクは俺を一瞥し、話を止めた。

 転校生に話したくないことでもあるんだろうか。


「これは僕がもらっといてやる」


 そう言ってドラクは踵を返した。


「待て! それは……」


 俺は、またも続きを言うことはできなかった。

 ココが俺の腕を引きちぎりそうなくらい強く握りしめていたからだ。


 ドラクたちが去った後で、冷静になった俺はココに謝る。


「ごめん! 俺がペンダントを落とさなければ! いや、見せてなどねだらなければ!!」


 悪いのはドラクだ。誰が見てもそう。

 でも、きっかけを作ったのは紛れもなく俺なのだ。


「バンくんは悪くないです! 私が、その、至らないから……」


 言いよどんだココは自分の手を見る。いや、その丸い爪を恨むように睨みつけていた。


「混ざりものって言ってたな」


 俺がそう言うとココの肩が小さく震えた。


「……はい。分かりやすく言うと、私、ハーフなんです。この学園でハーフは嫌われ者ですから……」


 ハーフ。

 つまり、半吸血鬼。


「そうだったのか。俺と一緒じゃないか」


「え?」


 うつむいていたココが顔を上げる。


 吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼になる。

 だが、例外として未熟な吸血鬼に噛まれると、人にも吸血鬼になれないなり損ねになる。

 それが半吸血鬼だ。


「俺もハーフなんだ。で、俺はあいつを許せねえ」


 半吸血鬼は主人が成熟すれば吸血鬼となる。

 ハンターからすれば吸血鬼と同じ。


 だから俺は捨てられた。


「許せないって……、まさか何かするつもりなんですか!?」


 目を見開いたココが心配そうに俺を見た。

 俺はドラクたちが去った方角を眺める。

 深い霧の先は夕焼けで朱く染まっている。


「ドラクの野郎を一発ぶん殴ってくる」


 決意を込めるように拳をぎゅっと握りしめると、少し尖った爪が手のひらに食い込んだ。

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