第8話 凄腕?
「う~ん。ほら、あの方って誰にでもお優しいからストレス溜めちゃってたりするんじゃないのかな? わたしなら大人しいアンジュリーナ様でも、嫌みを言いやすいんじゃないんですかね?」
彼らの婚約者について、持ち上げる振りをしながら落としめている。その事に、ランシェル王子達は気づかず、婚約者の批判を続ける。
「……君の優しさにつけこんでいるってことだろう?」
「えっと……それは」
その問いかけに、返事を迷う素振りをみせたサリーナ。その様子を見て、ランシェルが言った。
「無理に答えなくていい、サリーナ。思い出すのも辛いだろう」
俯いてしまった彼女を、痛ましげに見つめる。
「我々の婚約者が迷惑をかけているようだからね。そのお詫びにと私が望んだんだ。君は気にしないで楽しめばいい」
「ランシェル様……」
サリーナは優しい言葉にソッと顔をあげると、目を潤ませて感激したかのようにランシェル王子を上目遣いに見つめる。
「嬉しいです。こうして気遣っていただけるだけで十分、サリーナは幸せです。なのにエスコートの申し出をお受けしたお礼にって、こんなに高価なドレスやアクセサリーまで買って貰っちゃって、本当によかったんですか……?」
「君、凄く欲しがっていただろう?」
「だって、一目見て可愛いって思っちゃったんだもの! いいなって思ったら、欲しくなっちゃうでしょ? 女の子は可愛いものが大好きなんですっ。でも……」
「でも……なんだい?」
言い淀むサリーナに、王子が優しく尋ねる。
「わたし、あんなにお高いなんて知らなくって。びっくりしちゃいました。ランシェルさまったら、サリーナがどうしようか迷っている間に、さっさと買っちゃうんだもの」
「ああ、そんなことを気にしていたのかい? ドレス一式プレゼントするくらい、何でもないよ」
「駄目ですよぉ。私なんかにそんなにお金を使っちゃっては。勿体ないです!」
「ははっ、支配階級はお金を使うことも仕事だからね。そうしないと経済が回らないだろう?」
「う~ん、そういうものなんです? わたし、難しいことはよく分からなくって……すみません。あっ、でもランシェルさまが教えてくれたら、頑張って覚えますけど!」
そう言ってキラキラと眼を輝かせ、期待するように王子を見つめる。
「分かった分かった。じゃあ今度、会う時にでもね」
「わあぁ、いいんですか? 嬉しいっ、ランシェルさま。絶対ですよぉ。約束ですからね?」
そして、思惑通り次に会う予定を引き出してみせた。見事な手口である。
王子から了承の返事を貰って、嬉しそうに頬を染めている姿も可憐で、その裏で更なる欲望を叶えて貰うため、策を労しているとはとても思えない……。
「あ、でも……困りました。今度お会いするときって、どんなドレスを着ていけばいいんでしょう。サリーナ分からないです……」
頬に手を当て、心底困ったという風に途方にくれた顔をしてため息をつく。
「だってほら、貴族ってマナーとかお約束ごととか、いっぱい難しい決まりごとがあるじゃないですか。わたし、そういうのに疎くって。ランシェル様に恥をかかせたくないのに……どうしましょう?」
潤んだ瞳で上目遣いに王子を見つめ、不安そうに尋ねる。
「ああ、なんだそんなこと。心配しなくてもいいよ。君の着るドレスはこちらできちんと用意しておこう」
「そんな、ランシェル様……このドレスもいただいちゃったばっかりなのに、もう一着だなんてっ。悪いです!」
慌てたようにそう言って、遠慮してみせた。それを聞いたランシェル王子は、眩しそうに目を細める。
「ハハハッ。普通の貴族令嬢達と違ってサリーナは、謙虚だね。ドレス一枚で、そんなに申し訳なさそうにするなんて。そんなところも愛しいよ」
「もう、ランシェルさまったら。そんなの褒めすぎですってばっ。庶民感覚が抜けないだけですよぉ」
などと言う、ふざけた会話が聞こえてきた。
今宵の豪華な夜会服一式は全て、王子からのプレゼントで確定のようである。
そして更にもう一着をプレゼントする予定が今、できたようだ。