第4話 覚悟
「しっかりなさって、アンジュリーナ様。きっと今日でもう、この煩わしさから解放されますことよ」
そんな友人を励ましているのは、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢。彼女もまた、美しい令嬢だった。
ルビーのような光沢のある髪に、強い輝きを放つ大きなエメラルドの瞳が印象的で、辺境地を治める家に相応しい意思の強さを持っていた。ちなみに、四人の中では一番背が高い。
ヴァレンチノ辺境伯領は宝石の産出地でもある。
髪飾りやネックレス、イヤリングやブレスレットなどの装身具は全て、彼女の髪色に合わせて選ばれたと思われる大粒のルビーだった。
今宵のドレスがシンプルなデザインだからこそ、年若い令嬢が重ね付けしても上品に纏まっている。
「そうですわね、ルイーザ様。ここまで来ましたら、覚悟を決めるしかないですわね」
「ええ、わたくしたちの中ではアンジェリーナ様が一番、被害を受けておられますし、辛いお気持ちは分かりますが、気をしっかり持ってくださいませ。ちなみにわたくしはもう、見限りました」
「わたくしもです。信じたいと思う時期は、とうに過ぎてしまって……。ですが、あの方々の婚約者である以上、まだこの煩わしさが続くと思うと、ぼやきたくもなりますわ」
ため息混じりに呟かれたダフネの言葉に、ここにいる四人全員が賛同するように頷く。
婚約と言う家同士の大切な契約を軽視し、真実の愛に目覚めただの、恋愛は自由だなどとふざけたことを宣い、堂々とサリーナに群がる姿を見せつけられるのは不愉快だった。
そもそも、婚約者を蔑ろにする殿方に、寛容になれる令嬢などいないだろうが……。
それでも婚約者としての義務感から、突如として社交界に現れた、毒花のような女性に吸い寄せられる婚約者達を諫めもしたし、引き止める努力もしてきたのである。
例えそのことで、より鬱陶しがられ、関係が悪化するのが分かっていたとしてもだ。
「皆様のお気持ちはこのシルヴィアーナ、よく分かりましてよ。わたくしたちはあの方々の婚約者として、とても努力したと思いますもの。ですが、その努力が今夜、無駄になりそうなことは先程お話しした通りですわ」
令嬢たちもそれぞれ手のものを使って、婚約者と浮気相手のサリーナの身辺調査をさせていたのだが、その中でもシルヴィアーナが雇った密偵が手に入れてきた最新の情報は、出来るなら信じたくない類のものだった。
「あの情報をいただいた時には、本当に驚きました。その場限りの軽口だと思いたいところですが」
「分かりますわ。まさかあのような計画を立てているとは……信じられません。おそらく、あの毒花令嬢に良い格好を見せたいがため、なのでしょうけれど」
「ええ、本当に。殿方たちの胸の内一つですが……どのような結末になるのかは、この夜会が終わる頃には分かることでしょう」
巻き込まれるのを避けられない。でも、出来るだけ被害は小さくしたいものだ。
「この期に及んでも、まだ、幼馴染みとしての情が捨てきれないわたくしは……弱いですわね」
「アンジェリーナ様のお優しさを否定するつもりはありませんわ。ですが彼らは本来、この国の中核を担う立場の方なのです。夢ではなく、現実を見ていただかなくては」
「シルヴィアーナ様のおっしゃる通りですわ。これ以上の手助けは殿方のためにもよくありません」
「……そう、ですわね」
悲しげに目を伏せると、アンジェリーナは少し考えてからこう言った。
「では、わたくしは彼が熱に浮かされて、例の計画を行動に移さないことを祈っておりますわ」
「ええ。わたくし達のためにも、是非そうなって欲しいですわね」
「はい、ルイーザ様」
アンジェリーナに、僅かだが笑顔が戻った。同じ立場で話し合ったことで、気持ちが落ち着いたようだ。
「それにほら、噂をすればあちらに。お見えになられたようですわよ」
一人の令嬢が、スッと扇で指す方向に全員で目をやると、パーティー会場の入り口付近が騒がしくなっているのが見えた。
――この日の主賓の登場だった。




