第24話 後悔しても、もう遅い
彼女はいつも、自分から勝手にルイーザ達へ声をかけ、許可なく彼女たちのファーストネームを呼びつけ、それぞれの婚約者との会話も遮っては、平然と割り込んでくる。
「あっ。い、いや、それは……」
「しっかりなさいませ、クレイブ様。ボートン子爵令嬢は全てを理解した上で、無礼にもわざと礼儀を無視しているのです。軽々しくわたくしたちの名を呼んで、侮辱なさっているんですわ」
「いや、そんな。優しくて控えめなサリーナに限ってそんなことはない、と思うぞ? きっとそれは……ほら、あれだっ。彼女なりの親愛の示し方というやつで……」
「……見損ないましたわ、クレイブ様。口を開けばサリーナ、サリーナと彼女を庇うお言葉ばかり……貴方の脳味噌にはそれしか入っておりませんの!?」
「そ、そんなことはないっ」
「いいえ、そうに違いありませんわ。あれほど熱心にされていた剣の鍛練にしてもそうです。彼女と出会ってから貴方は真剣に取り組まなくなってしまわれた」
「……ルイーザ嬢、俺は」
「そんな貴方を心配したバラミス将軍に頼まれて、折角、わたくしが伝を頼りに剣聖様に剣のお稽古の約束まで取り付けましたのに。貴方はその女と遊び回って、反故にするようなことをなさいましたわね……」
「それはっ。それについては、父にも貴女にも本当に悪かったと思っているんだ。ただ俺は、どうしてもその時、サリーナ嬢を放っておけなくて、それでつい……」
そのふざけた理由は勿論、ルイーザだって知っていたが、それでも改めて本人の口から聞かされると当時の怒りを思い出してしまう。
バラミス将軍が息子の堕落した現状に怒り、苦悩している事を知っていたルイーザは、未来の義父を宥め、対応を相談した。
そしてクレイブが憧れている剣聖に注目し、再生への望みをかけることにしたのである。
その時剣聖が、たまたま自領のヴァレンチノ辺境伯領へ魔物討伐の援軍として来ていたことも、彼女に有利に働いた。
さっそく繋ぎを取り、共闘して魔物討伐をすることで信頼関係を築いたルイーザは、彼に稽古をつけてくれるよう頼み込む。
婚約者を立ち直らせるため、女性の身ながら体を張って信を得ようとしたルイーザの心意気に感心した剣聖は、申し出を快諾してくれた。
最近、稽古をサボりがちだったクレイブも、剣聖から直接、剣術指南を受けられる機会を得たとあってとても喜び、王都からすぐ駆けつける旨の返事をよこした。
頼んでやったルイーザもホッとしたものだ。
剣士としてのやる気を取り戻す切っ掛けが出来たようだ、と。
しかし手合わせ当日、あれほど心待ちにし、サボっていた鍛練も再開してやる気をみなぎらせていたはずの彼は、来なかったのである……。
一人でパーティーに参加するのは心細いからと言うサリーナの懇願に負けたのだ。
「せっかくのチャンスを、あんなくだらない理由で棒に振ったなんて……」
ルイーザは約束を破ったことを今も後悔するかのように俯いているクレイブを見て、悔やむくらいなら何故っと唇を噛み締める。
「そんなっ、くだらなくなんてありませんっ。私、一緒に行ってくれるパートナーがいなくて、本当に困ってたんですよ? それを見兼ねてクレイブさまが助けてくれたんです!」
「サリーナ嬢……」
「騎士はか弱い女性の力になるものだって言ってくれたんです。剣術の稽古はいつでも出来るからって!」
わたしその言葉に感激して泣きそうになってたんですよ、とクレイブを見つめながら嬉しそうに頬を染める。
「それなのにっ。そんな心優しい彼を責めるなんて信じられない。ルイーザ様、ひどいですよっ」
一転して悲しげな顔をつくり非難してくるのだが、その優しい男の千載一遇のチャンスを潰したのは誰なんだ……。
この女は本当に、剣聖と手合わせ出来る価値が分かっていなかったのだろうか?
彼はどんなに身分を振りかざし脅されても金を積まれても、気に入らなければ引き受けないことで有名なのに?
(…… このことは市井の人々でも知っているはず……つまり、わざと知らない振りをしている線が濃厚か……。自己愛の激しい女だこと。大方、自分より剣を優先しようとしたクレイブの行動が気にくわなかったのでしょう……)
自分の苦労は何だったのか……と、今思い出してもやるせなさに思わずため息が出てしまう。
――その時……。
「その男には君が心を砕いてやる価値もありませんよ、ルイーザ嬢」
一人の男性の声が、朗々と会場に響き渡った。




