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第13話 術中に嵌める



 無理に微笑んでいるようにみえる彼女の姿を痛ましげに見つめたランシェル王子は、零れ落ちる涙を指先でそっと拭ってやる。



「シルヴィアーナ嬢、権謀術数渦巻く貴族社会に慣れていないサリーナが、君達のような高位の貴族令嬢達を出し抜くことなど出来ないことは分かっているだろう」


 それからシルヴィアーナをキッと睨みつけて言った。


「この状態の彼女を見ても罪悪感は無いのか?」



「お言葉ですが、殿下。わたくしはありのままの事実を申し上げただけですわ。虚偽を申されているのはボートン子爵令嬢の方かと」


「まだ言うかっ。君は余程、サリーナを悪女にしたいようだね?」


「まあ、殿下。悪女にしたい……のではなく、彼女は悪意そのものでしてよ。いい加減、ボートン子爵令嬢に夢を見るのはお止めくださいませ」


「なっ!? 殿下になんて事をっ。いくら貴女でも無礼ですよ、シルヴィアーナ嬢!」


 サリーナの泣き落としに簡単に引っ掛かる男達の単純さに、白けた気分になりながらも放ったシルヴィアーナの一言に、リアンが激昂する。




「いいえ。シルヴィアーナ様おっしゃる通りでしてよ」


 そこで己の婚約者が友へと向ける暴言に、黙っていられなくなったダフネが口を挟んだ。


「ボートン子爵令嬢の軽率なお振る舞いの陰で、一体どれ程多くの罪のない令嬢方が婚約者を奪われ、哀しみ、悲嘆にくれた涙を流したことでしょう……」


「……ダフネ嬢っ、黙りたまえ!」


「まぁ……恐ろしいお顔ですこと」


 目を吊り上げたリアンに頭ごなしに怒鳴られ、呆れたように扇で顔を隠して黙ってしまったダフネに変わって、ルイーザが続ける。



「彼女が社交界に現れてから今まで、貴方達は一体何をご覧になっていらっしゃいました? その目は、その耳は飾りですか?」


「なっ!? 俺達を侮辱するのか、ルイーザ嬢!」


 我慢ならないというように、クライブが噛みつく。


「違いますわ。シルヴィアーナ様やダフネ様がおっしゃったように、わたくしもただ事実を申し上げているだけです」


 大柄な体格のクレイブが肩を怒らせ激昂する様は迫力満点で恐ろしく、普通の令嬢なら卒倒してしまったことだろう。



 しかし、そんな見た目だけの脅しに彼女は屈しない。


「クレイブ様、ボートン子爵令嬢の側が心地よいのはよく分かります。何しろ彼女は生まれた時から貴方様を縛る貴族としての義務を放棄することすら許して、甘やかしてくれる方ですものね?」


 正面から己の婚約者の目を見て、キッパリと言い切る。


「享楽に溺れる堕落した生活はさぞ、多幸感に満ちたものだったことでしょう」




 サリーナと出会ってからの彼はルイーザの婚約者としての義務を放棄したばかりでなく、国を守る騎士としての心構え、気概さえも捨て去ってしまった。


 地味で辛い基礎訓練や野外訓練はもちろんのこと、大好きだったはずの剣の鍛練さえ、


「クレイブ様はもう十分お強いのに……そんなに頑張り過ぎなくてもいいと思います。少しは息抜きも必要じゃないかしら? わたしと一緒に頑張っている自分にご褒美をあげませんか?」


 と言う甘い囁きを吹き込まれ、さぼりがちになっていく。


 今ではサリーナの側に侍っている時間のほうが多く、いくら父である将軍が苦言を呈しても聞き流してしまうとか。



 少しは自覚があるのか、後ろめたさそうにするクレイブ。


「お、俺は別に堕落してなど……」


 すっかり言動の勢いが弱まった。


 そこへ、すかさずサリーナが口を挟む。



「ひ、ひどいわっ、ルイーザ様。わ、わたしはただ、騎士として苦しんでいたクレイブ様の悩みを何とかして差し上げたかっただけなのに……」


「そんなにも俺の事を考えてくれていたのか……? サリーナ嬢、君はなんて優しいんだっ」


「ううん、クレイブ様。サリーナは人として当たり前の事をしただけ。悩んでいる人を助けたかった……それだけなの」


「サリーナっ」


 後ろめたさに弱気になった彼を鼓舞するには絶妙のタイミングだったようだ。


 自分の甘えを肯定してくれる、サリーナの言葉を受けてすっかり立ち直り、彼女を見つめて感激している。


 サリーナも、自分の言葉に思い通りの反応を示すクレイグを見て満足そうだ。



(こうやって少しずつ堕落させていったのね……)



 クレイブは彼女の言葉を疑いもしていない。


 目の前で巧妙な手管を見せつけられたルイーザは、思わず出そうになっため息を飲み込む。




 生粋の貴族令嬢とは違い既存の身分制度に捕らわれず、感情のままに振る舞うサリーナ。


 初めは彼らにとっても、物珍しいだけの存在だったようだ。


 しかし、彼女に関わる時間が増えるにつれてのめり込んでいったのは、閉塞的で窮屈な日常を忘れられたし、自由を感じて楽しかったから。


 そして一度、好意を持ってしまえば後は、彼女の思うがままだった。


 男達は、操られてることに気づかない……。






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