第12話 泣き落とし
「それと近づくな……でしたか? それは確かに申し上げました」
「ふんっ、認めるのだな?」
「ええ。ボートン子爵令嬢は淑女として、あまりにも酷かったものですからさすがに見逃すことが出来ませんでしたの」
「な、何だと!?」
「だってその方、婚約者のいらっしゃる殿方に対するお振る舞いが目に余るんですもの。ところ構わずベタベタと触るわ、ビッタリ体を押し付けては必要以上にまとわりつかれるわで……あまりの惨状に思わず目を疑いましたわ」
本当に困ったものです、とため息混じりにサリーナの尻軽っぷりを力説するシルヴィアーナ。
「とっても非常識甚だしくていらっしゃったので、人前では慎む行為だと教えて差し上げただけですのよ」
「ひ、ひどいです。わ、わたしそんな風にまとわりついてなんていませんっ。ただ、皆様と仲良くしたくてお話ししていただけなのに!」
か弱い令嬢の振りをして、弱々しく震えながら反論してみせるサリーナ。
ランシェル王子とその婚約者であるシルヴィアーナの会話に割って入るという大胆不敵な真似が出来る癖に……わざとらしさに辟易する。
「仲良くですって? お相手の殿方達にはそれぞれ婚約者がいらっしゃるのに……そんな方々と男女でなにを仲良くされたいんですの? 貴女のせいで泣いているご令嬢がたくさんお見えになるのよ。それこそ、ご存知ないとは言わせませんわ?」
「そ、そんなっ……わ、わたし全然、知らなかったです……」
初めて聞いたという風に大袈裟に驚くと、シルヴィアーナの詰問に耐えられないというように両手で顔を覆い、声を震わせて泣きだした。
「サリーナ、大丈夫かい?」
泣き崩れる彼女を胸に抱き寄せ、頭を撫でてやりながら耳元で優しく囁く。
「ラ、ランシェルさまぁ……わ、わたしっ、のせい……なんですかぁ……?」
「サリーナ」
「わ、わたし、確かにたくさんの方とお話したわ。貴族令嬢として一生懸命、社交を頑張ろうって思って。ただそれだけ、なのに……それが、いけなかったの……?」
ポロポロと涙を流しながら訴える。
「あぁ、可哀想に。こんなに泣き崩れるほど追い詰められて……大丈夫、優しい君に人の婚約者を奪うなんてひどいことが出来ないのは、よく分かっているから」
「そうですよ。貴女が話し掛けた人の中に、たまたま婚約者持ちの人がいたのでしょう。それを知らなかったサリーナに責任はないです」
ランシェル王子に続いてリアンも彼女をそう擁護し、慰める。
「そうだな。大方、婚約者との中が上手くいってない奴の口実にでも利用されたんだろ」
「僕もそう思います。意図的に君の悪い噂を流す人もいることですし、ね? 君は悪くない。むしろ、被害者だ」
いやいや、この王子様達は何を言っているのだ……?
その女は今も、シルヴィアーナを始めとする四人の令嬢から婚約者を纏めて略奪するという、信じられないようなことをしている最中だろうが……悪い噂を流すもなにも、こうして見せられている現実の方が何倍もひどい。
というのが周りで聞いていた貴族達の、心からの突っ込みだった。
サリーナに夢中になっている彼ら達には全然、伝わっていないようだが。
「リアンさま、クレイブさま、ジョナスさまも……サリーナを信じてくれるのね……シルヴィアーナ様の言葉よりもわたしの言ったことを?」
「ふんっ、そんなの当たり前だろ?」
「クレイブ様……サリーナ、うれしいわ」
彼女の言葉に含まれる毒を深く考えることもなく、しおらしく泣く姿に騙され、言うがままに全肯定する男たち。
「当然だろう? だからほら、そんなに泣かないで涙を拭いて……ね?」
「ラ、ランシェルさま。ありがとうございます」
取り巻きの美青年達は泣き止まない彼女に、次々と優しく甘い言葉を掛けて慰める。そんな彼らにサリーナは、けなげに微笑んで見せた。




