第1話 噂
――その日、社交界に激震が走った。
事件が起こったのは、ランスフォード公爵邸にて催されたパーティーでのこと……。
ハワード王国の現国王の王弟でもあるランスフォード公爵が主催する夜会は、社交シーズン真っ只中ということもあって盛況だった。
今宵は特に多くの、外国からの客が招待されてるようだ。
会場となった大広間では、招待客らを歓迎する為の心地よい音色の曲が流れ、詰めかけた多くの貴族たちが、和やかな雰囲気のもと談笑している。
そんな中、一際目を惹く華やかなドレスを纏った、年若い令嬢たちを乗せた馬車が公爵邸に到着した。
彼女たちは他の招待客と同じように、楽しげに談笑しながら馬車から降りてきたのだが、ある一点、不自然なところがあった。
目敏くそれを見咎めたのは、礼儀にうるさい貴族婦人達。
今宵の格好の獲物を見つけたというように、視線が集中する……。
――年若い令嬢達だけ、というのが問題だった。
本来なら婚約者か親族の男性にエスコートされて会場入りするべきところを、女性達だけの集団で来たのだ。
よほど奇異に映ったのだろう。
「まあ、奥様。ご覧になって」
「あらまぁ、正式な夜会にエスコート無しで来られるとは……ねぇ?」
「ホホホッ。きっと殿方にも、あのお嬢さん達をエスコート出来ない理由がおありになったのよ」
「まぁ、奥様ったら。年若いお嬢さん達に、そのようなきついことをおっしゃって。ウフフフッ、おかわいそうですわ」
等とさっそく、噂の餌食になっていた。
しかし最初こそ好き勝手に意地の悪いおしゃべりに夢中になっていた彼女達だが、その中の一人がポツリと呟いたことで様子が変わる。
「でも、おかしくはありませんこと? お一人だけならともかく、四人ものお嬢さん全員が揃ってパートナーを用意出来ない、だなんて変ですわよ。そう思われません?」
「……それもそうですわねぇ。何か、特別な意図でもおありなのかしら?」
もしかして、これは作為的なものなのだろうか。
面白半分に様子を窺っていた貴婦人達は、裏があるのかと考え込んだ。
「さぁ、どうなのでしょう。せっかくの夜会ですもの、大事ではないと思いたいのですが……どちらの御家のご令嬢方なの?」
「ここからではまだよくお顔が見えませんわ」
好奇心が抑えきれず、ソワソワしながら首を長くして待つ貴婦人達。
そうしてようやく、彼女達の容姿がはっきりと見える距離になった途端、思わず目を見開いた。
「まぁ、皆様ご覧になってっ。あの方、バーリエット公爵令嬢ではございませんこと!?」
いち早く確認した貴婦人が、興奮したように言う。
「シルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢? 第一王子殿下のご婚約者の!?」
「ええ、間違いありませんわっ」
「それに、お隣にいらっしゃるのはダフネ・マリー侯爵令嬢ですわ。アンジュリーナ・ロウ伯爵令嬢、ルイーザ・ヴァレンチノ辺境伯令嬢まで!」
言わずと知れた、そうそうたる高位貴族のご令嬢方である。
その彼女が単身で出席するという、あり得ない事実に顔色を変えた。
パートナーとなるべき婚約者たちは勿論、ランシェル・ハワード第一王子殿下を筆頭に、その側近となるべく育てられた優秀な高位貴族の青年達で、王子にいたっては今夜の主賓でもある。
事前の連絡もなしに欠席する筈がない。
と言うことはつまり、彼らが揃って姿を見せない理由はひとつ。
令嬢達が現在進行形で巻き込まれている厄介な問題に思いを馳せる。
「……これは、やはりそういうことなのかしら?」
「ええ、そうね。あの突然変異の毒花令嬢が原因かと……」
「ああ、例の子爵令嬢ですわね。とっても庶民的だという?」
このところ社交界で、よく話題に上がるようになった、ボートン子爵令嬢サリーナ。
彼女は悪い意味で、貴婦人たちの話題を独占している令嬢だった。




