63:魂の融合
「ひとつになる?」
「そうだ、汝の魂と我の魂を融合させひとつにする、そうすれば奴に対抗できるかも知れない」
エルグランドはレイルを指で示すと言葉を続ける。
「レイル、確かに汝は竜の血を制御下に置いている、だが全ての力を引き出せている訳ではない」
「力を引き出せていない?」
「そうだ、何故なら汝がどれだけ竜の血と適合しようと汝の魂は人のままだからだ」
エルグランドがレイルを示しながら語る、まるで賢者が知恵を託すかの様に語り続ける。
「肉体と魂は密接な関係にある、肉体という器がない魂はこの世に存在を維持するのは難しく、魂のない肉体は命が宿らぬ様に肉体と魂のふたつがなければ生命は成り立たん」
「それは分かるが…」
「だが魂は肉体と違いそう簡単に変容せぬ、元より人の形をして生まれた魂が肉体に合わせた形になるには相応の時が必要となるのだ」
「…つまり、今の俺は魂と肉体の形が合っていないから全力を引き出せていないという事か?」
「そうだ、そして最初の話に戻る訳だ」
エルグランドはそう言って互いの言葉を区切ると互いを示した。
「今の汝の肉体は人と竜の間にある状態だ、元が人である汝と竜である我の魂を融合させる事でその肉体に適合した魂へと造り変える、そうすれば奴に匹敵する力を得られるかも知れぬ」
「出来るのか?そんな事が…」
「理論上は、だが…」
再び言葉を区切るとエルグランドはレイルの顔を覗きこむ様に近づく、牙が並ぶ口から出る息がレイルの髪を揺らした。
「成功するかは別の話だ」
「!?」
「如何に我とて異なる魂を融合させるなど試した事はない、融合する事で汝か我どちらかの自我が消えるならまだ良い…失敗すれば最悪お互いの魂が消失する可能性すらある」
告げられた言葉にレイルは絶句する、魂の消失、それは循環に帰る事なき完全な終わりを意味するからだ。
「例え成功したとしても奴に届くかも分からぬ、賭けにすらならぬ毛先ほどの可能性にすがった方法だ…それでもやるのか?」
金色の鋭く輝く眼がレイルを映す、一度俯き少しだけ沈黙したレイルは意を決した眼で見つめ返した。
「頼む、やってくれ」
「…良いのだな?」
「このまま何も出来ないで、何も守れないくらいなら、その毛先ほどの可能性に賭けたい…だから頼む」
「…良いだろう」
エルグランドが翼を拡げるとその姿が輝く、そして詠唱するエルグランドにレイルはひとつだけ頼んだ。
「もし俺が消えたら…代わりにセラを助けてくれ」
エルグランドは僅かに首肯するとその姿が崩れ光となってレイルに流れ込んだ。
―――――
「ぐああああああっ!!!?」
レイルの全身に激痛と表現する事すら生ぬるい痛みが走る、剥き出しの魂の状態であるにも関わらず筋肉が焼け爆ぜては治りを繰り返し血が溶岩に変わったかの様に熱く滾って全身を走っていくかの如き感覚がレイルを襲っていた。
(痛い熱い辛い苦しい痛い!!!?)
発狂してもおかしくないほどの痛みを受けて尚レイルは正気を失っていない、だが襲い来る痛みは確実にレイルの自我を容赦なく切り刻んでいった。
(死…、…)
自身が根底から別のものへと変容していく喪失感と痛みとは別に末端から熱が消えてく様な感覚にレイルに再び死が頭を過る、そして意識が消えかけ…。
“諦めるな”
響いてきた声が砕けそうになった自我を繋ぎ止めた。
“認めぬぞ、我に勝っておきながらこの様な結末などな”
別の声が響く、それを皮切りに様々な声が響き渡った。
“私は守れなかった”“俺は助けたかった”“なにがあろうと戦うしかなかった”“報われる事はなかった”“何も成せなかった”
“お前は違うだろ”
レイルは目の前に誰かが立っている様に思えた、今なお痛みや喪失感は続いているが響いてくる声だけははっきりと聞こえてそれがレイルの自我を繋げた。
“まだ守れるだろ、まだ救えるだろ、俺の弟子だったらこれくらいなんとかしてみせろ”
ひどく懐かしさを感じる声だけが認識できる、ふと気づけば目の前以外にもレイルの周囲に誰か立っている様に思えた。
“君は我々とは違う”
また違う声が響く。
“我々は闇に堕ちてでも戦わなければならなかった、そうするしか道はなかった…それでも襲いくる不条理を退ける事は叶わなかった”
声が響く、まるで懺悔する様な哀愁を感じさせる声がやけに消えかけていたレイルの意識に染み渡った。
“君は違う、君ならば闇に堕ちる事なく本来の光で道を切り開ける、我々はその為の力となろう…だから”
“不条理を捩じ伏せろ”
その言葉と同時に目の前に光が差す、自我を取り戻したレイルは光に手を伸ばした。