50:“闘鬼”
その男は異様な気配を放っていた、レイル達に気付いて立ち上がる動作はゆっくりとしたものだがそのひとつひとつに微塵も隙はなく、纏ったボロ布から覗く青白い肉体は一切の無駄がない鍛え込まれ引き締まった筋肉をしていた。
額から左目まで深い傷痕があり左目は白く濁っているが残った右目から放たれる圧は視線だけで命を奪えるのではないかと思えるほど鋭い。
「俺はお前等を知ってるがお前等は知らないだろうから名乗っておこう…俺はズィーガ、お前等を殺す様に頼まれた者だ」
「…ズィーガ?まさか“闘鬼”ズィーガ・ラクシャスなの?」
男が名乗った名前にシャルが反応する、それを見たレイルは剣を構えながら尋ねた。
「知っているのか?」
「十年くらい前にアスタルツで有名になった男よ、次代の将軍候補と謳われるくらいの実力者だったけど内部告発で捕らえられたわ」
「内部告発?」
「青銅や白銀級の冒険者を闇討ちしていたのよ、判明しているだけでも18人の冒険者を殺していたのが明るみに出て捕らえられたって聞いていたのだけど…」
「…30人だ」
シャルの言葉をズィーガは静かに訂正する、そして血管が浮き出た腕を掲げながら続けた。
「殺したかった訳ではない、俺は俺が持つ技術が人間にも通用するかを試しただけだ…打つ、投げる、締める、斬る、突く、俺の技術が同じく魔物を殺せる強者に通じるかを試しただけの事、死んだのはその結果に過ぎん」
「試したかった…?」
「新しい武器を手にしたら試し斬りしたくなるだろう?それと同じだ」
さも当然の事とでも言う様にズィーガは告げる、そして腕を振り下ろすと周囲に数十の人影が現れた。
それらはアスタルツの兵士の武装を纏っていた、赤銅色の肌に黒い眼、額に生えた一対の角と背の蝙蝠の翼を生やした魔人とでも言うべき者達が。
「俺一人でと言いたいのだがバニスがこいつらを試せと言うのでな…行け」
ズィーガの号令に伴って魔人達が翼を拡げて一斉に飛び掛かる、レイルが『疾爪』を放ちセラが氷の槍を撃ち出して迎撃するが魔人達は盾と槍を駆使してなんなく弾き返した。
(強い…!)
魔人達が高速で空中から襲い掛かる、四方から囲む様にしてレイル達に槍が一斉に突き出されるが全員が散開して避ける。
レイルを始め全員が即座に体勢を立て直して構えるが…。
「お前の相手は俺だ」
背後から声が響いた瞬間レイルは身を捻って転がるとレイルの頭があった空間を魔力を纏った拳が通り過ぎる、空振った拳から大気を貫いて衝撃波が生まれた。
「見れば分かる、あの中ではお前が一番強い」
流水の様に淀みない動作でレイルに振り子の様な蹴りが顔に迫る、体から魔力を噴出して後ろに跳びながら体勢を直したレイルに更に拳が突き出された。
「くっ!」
剣を盾にして拳を受ける、すると甲高い音を立ててぶつかり、拳と刃が鍔迫り合うという異常な光景が生まれた。
「やはりお前は扉を開いている様だな」
ズィーガはもう片方の魔力で黒く染まった拳をレイルの脇腹に向けて放つ、それよりもレイルが一瞬早く『天脚』で下がった。
「扉…極致の事か?」
「そうだ、あの中でお前だけ飛び抜けて練り上げられていた、だからお前と戦いたくなった」
黒く染まった両拳を打ち合わせてズィーガはレイルを見る、黒い眼に歓喜の光が灯った様に見えた。
「捕らえられ、ただ死ぬのを待つかと思えば化物となってまた戦えるとはな…運命とは粋な真似をしてくれる」
ズィーガは僅かに口角を上げると腰を落として構えを取った。
「殺す気でやるが、なるべく長く保ってくれよ?小僧」
床を踏み砕いてズィーガはレイルに迫った…。




