36:証
レイルがクロムバイトと話してる時…。
イデアルは少し離れた場所で自らの意志に応えてくれた王達の魂と向き合っていた。
「…未熟なる我が身に力を貸して頂き、ありがとうございます」
イデアルはそう言って頭を下げる、顔を上げよと言われて頭を上げるとアラシアが一歩前に出ていた。
(イデアル、我が愛しき子孫よ…胸を張るが良い、自らが成し遂げた事を)
「…ですが、私の代でアラシア様が始め、守り続けてきたアスタルツを滅ぼしてしまいました…」
(滅びてなどいない)
アラシアの言葉にイデアルは目を見開く、アラシアは我が子を慈しむ様に、窘める様に告げた。
(間違えるなイデアル、国とは形でしかないのだ)
「形…?」
(真なる滅びとは我等の思いを受け継ぐ者がいなくなる事、時の流れの中で朽ち果て人々の記憶と記録から消え去る事を言うのだ)
アラシアは厳かに告げる、自らが繋いできた“知覚の継承”に込められた真意を。
(繋ぐのだ、お前達が生きる事で我が始め、我等が戦い、生きてきたという事を、我等アスタルツの人々は確かにこの世界の存在したのだという証となるのだ)
「証…」
(お前達が生きて…そして次へと繋げる限りアスタルツは滅びぬ、在り方の形が変わるというだけの事なのだ、だから胸を張り誇りを持って生きるが良い)
アラシアがそう告げると同時にその姿は崩れ消えていく、後ろに控えていた王達もイデアルに無言の称賛と激励を送って消えていった。
「あ…」
最後に残った魂がイデアルに近付く、それはイデアルの頭に手を乗せるとくしゃりと髪を撫でた。
良クヤッタ…。
僅かに響いた音が耳を撫でると魂は霧散する、それを見届けたイデアルの頬を一筋の滴が流れた。
「ありがとうございます、父上…」
溢れてくる涙を拭う事も忘れてイデアルは静かに呟いた…。
―――――
クロムバイトが率いる竜の群れとの戦いによる被害は決して少なくはなかったが得たものも多かった。
ひとつは戦いによって希少な竜の素材が大量に手に入った事だ、鱗や爪などは当然としてなによりも大量の血や肝が得られた。
竜の血や肝は強力な魔術薬や魔導具の材料や触媒になるがその希少さ故に大半は格下の魔物のものなので代用されてるのが現状であるがそれが大量に手に入ったのだ。
ふたつめが兵達の士気だ、最強種と言われる竜種を退けた事実と伝説に語られる古竜を倒す者が自分達の味方であるという事実はバニス教国との戦争に勝てるかも知れないという希望を生ませた。
「…とまあその辺りが理由じゃないかしら?」
クロムバイトとの戦いから一日経ち、王城の一室でレイルとセラはテーブルを挟んで対面に座るシャルから話を聞いていた。
「兵士からやけに見られてたのはそれでか…」
「そりゃあね、古竜を倒すどころか古竜を従えて戦うなんて世界広しと言えどレイル君くらいでしょ、君は今や王国一番の有名人になってるわよ」
「エルグランドは従えてる訳じゃないんだが…」
「周りからはそう見えるって話よ、まあ結果としては今回の戦で兵達の士気が削がれてない事に将軍達は安心したらしいわ」
「…バニス教国の動きは?」
じっと聞いていたセラが話題を変える、シャルもそれを伝えたかったらしく様々な筋から得た情報を伝えた。
「今の所は動きなし、山岳地帯は荒らされて魔物はいなくなったけどアスタルツの首都周辺は魔物が多くて近付けなかったらしいわ」
「…やはり昨日のはクロムバイトの独断専行か」
「普通なら外交問題まっしぐらだけど、そんな常識が通用する相手じゃないでしょうしね…」
「…なら攻めてくるのは三日後」
セラがぽつりと呟く、シャルはふぅと息を吐きながら天井を仰ぎながら呟いた。
「どちらにせよ、この後の合議でどうするかでこの戦争の行く末は決まるわね」




