22:知覚の継承
「アスタルツが実力主義であった事は知っているだろう?」
「はい、魔物との戦いが一際激しかった土地柄ゆえにそういった傾向があったとは」
「そうだ、その中でもとりわけ魔物と戦う戦闘職が重要視される傾向が強かった」
それは必然であると言えた、どの国であろうと命懸けで戦うというのは分かりやすい功績だしとりわけアスタルツではその危険度が跳ね上がる以上戦闘職が重んじられたのは当然だろう。
「初代アスタルツ王も優れた魔術士であった、だが彼は施政者として優れた人でもあったが故にアスタルツの未来に危惧を抱いた…それが始まりだった」
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アスタルツを建国した最初の王の名をアラシア・アスタルツと言う、彼は当時まだ散り散りとしていた中のとある一族の長の子として生まれた。
アラシアの一族は魂や霊的存在と云ったものの力を借りる祈祷士の秘技を伝える一族でありアラシアはその中でも希代の才を持つ子だった。
アラシアは先祖の霊や親が従えていた獣の霊などに囲まれながら成長した、元より剣を振るうよりも霊達との会話を好んだアラシアは気付けば一族でも飛び抜けた実力と深い思慮を持つ様になった。
一族の長となったアラシアが行ったのは他部族との同盟だった、ある時は長同士の一騎討ちで、ある時は互いの技術を共有して、ある時は共に協力して魔物と戦う事で部族をまとめていき、アラシアを中心としてひとつにまとまっていった。
やがて初代アスタルツ王の座に着いたアラシアに懸念が生まれた、それは政に対するアスタルツの風潮にあった。
アスタルツの部族の多くは戦闘職で生活基盤は狩猟や採取だった、それゆえ道具の作成や農耕といった戦わない生産職が少なく下に見られる傾向があった。
まだ人口が少なく自分が生きている間はまだ良い、だがこれから先で政を理解する者がいないまま人が増え大きくなっていけば食い扶持も資源も足らなくなり国が傾くのは明白だった。
だが風潮や考えは言われてはいそうですかと変えれるものではない、他部族の長と幾度か衝突を繰り返してきた経験もあってアラシアはそれを理解していた。
政の重要さを理解しているアラシアの考えも当時のアスタルツの中では少数派だ、アラシアを王としているのはひとえに彼が戦っても強いというのが一番の理由である。
アラシアが身を崩せば次の王が選ばれアスタルツを担うだろう、その者がアラシアと同じ考えを持つとは限らない。
そこでアラシアは思いついた、自らの考えを受け継ぐ方法を。
アラシアは後継を決めると死の間際に自らの祈祷術を駆使して魂を削り自らの体感や経験の記憶をその後継へと憑依させた、あくまで自我を保てるぐらいの負荷にして。
憑依された後継との会話でアラシアの考えを理解したと確信したアラシアは笑みを浮かべた、この方法ならば自らの考えを理解する者が王となる。
ただの知識ではなくそれを理解し実行できる知恵と思考を受け継がせ、それをまた次の者へと受け継がせ伝え続ける、それこそがアラシアが辿り着いた答えだった。
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「それ以降アスタルツでは王位継承権を持つ者は十五の歳に“知覚の継承”を受ける事となっているのだ」
語られた話にレイルは信じがたいが納得できる所もあった、イデアルの歳に合わない話し方や大人びた雰囲気はその継承によって得た達観と精神の表れなのだと理解した。
「…どうしてその話を私に?」
今の話はどう考えてもアスタルツの秘中の秘とも言えるものであろう事はレイルにも理解できた。
「…国が滅んだ以上もはや隠す必要はない、それに私の事を話す上ではレイル殿にも知ってもらいたいと思ってな」
顔を俯かせてイデアルは話す、その姿は歳相応の不安に揺らいでいる様に思えた。
「初代から父まで…受け継いできた知恵を歴代はアスタルツを守る為だけに使ってきた、受け継がれた知恵があれば他国を攻めいる事も自らの欲を満たす事も出来たが誰もそれを成そうとはしなかった、その高潔さこそが王族の誇りだった…」
「イデアル様…」
「それを私の代で潰やしてしまった、なにかをしていなければ…その事実に押し潰されてしまいそうなのだ」
俯かせた顔から滴を垂らしながらイデアルは誰にも見せなかったであろう嗚咽を漏らした…。




