東霧の平原5
食事会とは名ばかりの酒盛りが始まっているのは気のせいだろうか。気のせいということにしておきたい。僕はお酒は飲めないため、食事をとるだけなのだが、先ほど少し食べたばかりなのでさほど空腹感もない。けれどこんな風に和気藹々と誰かと食事をとったのは久しぶりだったから雰囲気に酔って楽しくなってきていた。
「マキア~お前はいいやつだが酒が飲めねえのだけはいけねえぜ、こいつは神の水なんだからよお」
「ダグラス!酔いすぎだって!アハハあたしもだなあそりゃ」
「お前らいい加減にしとけよぉ!客人の前だぞお」
「団長も同じ。私も酔った」
見事に全員が呑んだくれていた。リリさんは、その声色からは酔っているかどうか判別できないけれど、先ほどより全体的に動きがふにゃふにゃしている。初めの方にあった変な緊張感は霧散していた。なんとなくこっちの方がいい。彼らが悪い人ではないことが伝わってくる。
「おっと、そろそろこれからのことを話しとかねえと全員寝ちまうな」
酒を飲んで口が悪くなった、いやこれが素なのだろうか、ナシサスさんが話を本題に戻す。
「マキアに説明しとくとだな、俺たちは今この平原を行ったり来たりしてるだけの状態なんだ」
「先ほどリリさんから軽く説明は受けました。何かの目的でそのようなことをしている、と」
「そうだな。俺たちは基本旅をして絶景を望むことを目的としてる。だから行き先なんかは適当に決めちゃってだな、いい景色に巡り会えたらラッキーって寸法さ。だけどな、それだと一つ問題が発生する」
「問題、ですか」
「おう、重大な問題だ」
ナシサスさんは急に真面目な顔になって、瓶に残った酒を飲み干した。そして一拍溜めて、全員の顔を見まわすようにしてこういった。
「金がなくなるんだ」
そんなことを真面目な顔でいうものだから、笑いが堪えきれなった皆は爆笑しながらまた酒を浴びるように飲むのである。僕も雰囲気に飲まれて、心から笑ってしまっていた。
「だからだな、俺たちは『依頼』を受けるわけだ。この魔導装甲車を使って未開拓地域に出て代わりに用事をこなして金をもらう。そしてその金でまた旅をして酒を飲む!もう一杯!」
「あ、ナシサスてっめえ飲み過ぎだぞ、そいつは俺のだ!」
「ダグラスさんはもう年なんだから酒なんか飲まずに寝てろってんだ!」
「何を!俺はまだお前の二倍ほどしか生きとらんわ!」
「十分だおっさん!」
酒を取り合って醜い争いが勃発した。目の前の料理に影響が出そうだったため慌てて抱え込む。酒は人を変える。先ほどまでは二人とも頼れる大人としてのイメージだったのだが、今ではその面影もない。
「こいつらもう放っといてあたしらで話しましょ」
「いいんでしょうか。団長さん無しで話を進めてしまって……」
「いいのいいの、こんなの居なくても変わんないわ」
カレンさんは呆れたように争っている二人を見ながら僕の隣に座った。その手には二つの酒瓶が握られている。どうやら彼らが争っている間にくすねてきたらしい。一つを僕を挟んで反対側に座るリリさんに渡すと、手に残した方を豪快に煽った。
「それで今回の『依頼』なんだけど結構長引きそうなのよね。団長の馬鹿が依頼金だけ確認して適当に受けちゃったもんだから」
「どんな依頼だったんですか」
「あたしは直接話したわけじゃないんだけど、なんて国だっけ…………まあどっかの国のお偉いさんからの依頼でさ。『東霧の平原に存在する私にとって最も価値のあるものを持ってきて欲しい』だってさ。そんなの一生かかったって見つかりゃしないだろうに」
「それは…………随分達成が難しい依頼みたいですね」
「それを受けたのが一週間前で、この平原に着いてから三日間くらい探し回ってるんだけど、案の定みつかりゃしないよ。リリ、そういや残りの食料は?」
「四日分」
「あんた昨日は七日は大丈夫って言ってなかったか」
「一人増えたし、歓迎会した」
「あちゃー…………」
僕のせいでより依頼の達成が難しくなってしまったということだろう。僕が申し訳なさそうな顔をしていたからであろうか。カレンさんは先ほどと同じように僕の頭をなでながら「気にしなくていいさ」といった。
「どうせ一週間あろうが今回の依頼は達成できなかったんだ。今回の件で団長にはしっかり反省してもらうさ。それより、人一人の命を救えたことの方がよっぽど大事だね」
「カレンさん…………ありがとうございます」
「おう、坊ちゃんは町に着いたら酒を奢れ」
「はい。必ず」
「私にも」
「ええ、リリさんにも」
そういった話をしているとナシサスさんとダグラスさんはようやく争いの種であった酒が手元にないことに気づいたようだった。酒がカレンさんとリリさんの手元にあると分かるとまた互いに責任を押し付け合い、決着を付けようと車外に出て行った。
「馬鹿な男共だろ。坊ちゃんは頼むからああはなるなよ」
「はい。心に刻みます」
本心から僕は彼らのようにはなりたくないし、きっとならないであろうと感じた。
「話を戻すけれど、後四日間は町には寄れないだろうし、坊ちゃんも同行してくれよ」
「私に出来ることであればお手伝いさせていただきます。ただ食べさせていただくばかりでは申し訳ないので」
「ほう、坊ちゃんは何なら出来そうかな」
「カレン、マキアこれ外せる」
リリさんが自分の仮面を指さした。カレンさんは一瞬何を言われているのか分からない様子でポカンとしていたが、理解すると驚愕に目を見開き、同時に口に含んでいた酒で噎せた。僕は慌てて背中を擦る。少し噎せ込んだあと、さっぱりと酔いの覚めたような真剣な表情で僕の方を揺らした。
「呪物の解呪が出来るって坊ちゃん、あんた本当かい」
「え、ええ。やったことはありませんが方法は知っています」
「すごいじゃないか!リリ、早速外してもらいな!」
「え、やだ。お風呂の時だけでいい」
「はあ!?リリ、あんた、やだって。何を言ってんだ」
「他は別に困ってない」
リリさんは頑なだった。片時も外せないほどに心酔しているわけではなさそうだったが、完全に取り外すとなると抵抗があるのか。その理由は旅団のメンバーにも話したことはないらしい。
「ま、そこまで言うなら仕方ない。他に…………ああそうだ。魔力があったね」
「私は魔力の総量はあまり多い方ではありませんがそれでも構わないでしょうか」
「魔法具の使用に耐えうるだけの量があれば問題ないさ。今まではあたしの魔力が尽きそうになったらこの車をどこであろうが止めざるを得なかったんだ。だけどもしかしたら坊ちゃんのおかげで霧の時間以外は走り続けられるかもしれない。さっきも坊ちゃんの暴走していた魔力でこの車は走行してたんだからね」
僕にも役立てることがあったようで本当によかった。魔法が使えずに家を出ることになった僕でも、ただ恨むばかりだった魔力でも、使い道があるならば喜んで使っていただこう。
「ま、それで十分さ。後四日間はあたしも楽できるねぇ」
「一応ですが、他にもマッピングの知識とか、動植物に関する知識は持ち合わせています。あ、あとここでは役に立ちそうにありませんが、芸術品の鑑定とかも」
「坊ちゃん…………旅団に入る気はない?」
「私も賛成」
「い、いや私は……旅をするつもりはありません」
旅をするつもりがない、というのは建前でしかないけれど、彼らとずっと一緒にいること、そもそも誰かと一緒に居ることは僕にとって好ましいことではない。僕が未だに抱えている問題に皆を巻き込むわけにはいかないのだ。
「そ、そんなことよりも!依頼のことですが、何か目星はついているんですか?」
「ああ、一つだけ。平原に入る前にある村の村長に聞いたんだけど、どうやらこの平原の何処かに空気中の魔力に反応して光る花があるらしい。それを持ってきて栽培でも出来ればもしかしたら魔力を必要としない光源が作れるかもしれないってことで、その花を探してる感じだ。でもここはいつまで経っても暗闇にならないから、どうにもどこにあるかが分からなくてな」
暗闇に光る花。
僕は確かに覚えている。暴走する魔力に苦しみながら東霧の時間が過ぎるのを待っていたときに見つけた洞窟の中で確かにそれは僕を照らしていた。
「あの、もしかしたら」
マティーカ旅団に恩返しが出来るかもしれない。
ようやくプロローグらしきものが終了になります。今後も出来るだけ毎日投稿を心がけていきます。
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