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東霧の平原4

 僕を乗せた車両は徒歩の時とは比べものにならない速さで平原を駆け抜けていた。自分が死ぬと分かっていて弾丸の軌道に身を曝け出す者がいないのと同じで、この車が動き続けている限りは魔物が近づいてくる気配はなかった。

 いつも恐怖の対象としてのみ捉えていた魔物たちも、遠くから傍観してみると自然の一部として存在しており、人間が家畜として管理している動物たちとさほど形態は変わらないようだ。彼らも群れで行動するし、無闇に脅威に近づいてくることもない。ここ数日間の間僕が生き残れた要因の一つには彼らの群れに出会わなかった幸運もあったのだろう。

 この車両は僕を自然の中から一歩だけ外に連れ出してくれるようだ。この窓を通して僕は世界を俯瞰することが出来る。ここにいる限りは僕は自然の恐怖から離脱して、目の前の絶景の美しさのみを享受することが可能であった。旅人にとって魔導装甲車は必要であり不可欠であると身を以て体感したのである。


「団長、カレンが呼んでる」

「リリ、後は彼を任せてもいいかな」

「分かった」


 先ほど僕の食べ終わった食器類をさげてくれていたリリさんが部屋に戻ってきた。相変わらず彼女の声からは感情が読み取れない。


「マキアさん、申し訳ないが俺はどうやら仕事があるらしい。何かあればリリが対応させてもらうよ」

「本当にありがとうございました。なんど謝礼を申し上げても足りないほどです」

「それほどのことはしていないさ。今後も我々は君をどこかの町まで届けるまでは君の安全を保証するよ。今すぐにって訳にはいかないのだけ許してくれ」


 ナシサスさんはリリさんと入れ替わるようにして部屋を出て行った。彼女は先ほどと同じく壁際の椅子に座るのかと思いきや、僕がいる窓際に来て共に景色を見る形となった。隣に並んでみて分かったが彼女の背丈は僕より顔一つ分ほど小さいことが分かる。リリさんはもしかしたら僕よりも幼いのではないか、とさえ思えてくる。


「その仮面はきちんと前が見えているのですね」

「うん。気になる?」

「気になります。どういう代物なのでしょうか」

「知らない。けど外せないのはわかる」

「っ!?…………呪物ですか」

「そう。後これつけてたら声で気持ちが出せない」

「ではそのローブも……」

「これは趣味」


 呪物とはまた珍しい物を見るものだ。強い負の感情を持つ物が魔力を込めて作成した魔法具を総称して呪物と呼ぶ。僕がその類いの存在を目にするのは二回目であった。それらは使用した者に対し、膨大な力を提供するが代償を要求する。代償には命に関わるものすらあるのだから、常時着用しなければならない、声に感情が乗らない程度は代償にしては非常に軽い。

 呪物の使用には主に二つの理由が存在する。『呪物と知らずに使う』か『やむを得ずに使う』かである。リリさんはどちらなのだろう。そして彼女はその仮面を外したいのだろうか。もし、そうならば、僕ならその呪いを解くことが出来るかもしれない。


「リリさん。その仮面を外したいと思われますか」

「外さない」

「そう、ですか」


 即答だった。彼女は、呪物の大いなる利点を手放すことが出来ないほどに心酔してしまっているのだろうか。リリさんの過去に何があったかは分からないけれど、ずっと顔を、気持ちを隠して生きていくことを自ら選択するほどに彼女は自分という存在を閉ざしてしまっているのだろうと推測できて、僕は胸が締め付けられる思いだった。彼女はきっと僕とさほど年齢は変わらないだろう。そんなリリさんに辛い選択を強いるものをどうにか、排除してあげられないものか。

 沈黙が少しだけ続いて、次に言葉を発したのはリリさんの方だった。


「あ、でも…………お風呂の時は外したい。これ息苦しい」

「え?」

「もしかして外せる?」

「実践経験はありませんが、方法は知っています…………けど」

「じゃあ、お風呂の時頼む」

「ええ。分かりました」

「やった。マキアはいいやつ」


 何かがおかしい。僕は一世一代の人生を左右するレベルの真剣な質問をしたつもりだったのだが、こんな気楽な答えがあるものか。呪物とはこんなに気軽に付け外しするようなものではないはずなのだが。先ほど僕が胸を痛めたのはなんだったのだろうか。呪物を『使いたいから使う』人が存在するとは僕の認識を変更しなければいけないだろうか。


「綺麗な景色!」

「ええ、どこもかしこもこの窓から覘く景色は素晴らしいものばかりですね」

「マキア、うん」


 どうやら世界は僕の想像を超えて遙かに広いらしい。今までの常識は通用しないようだ。

 何かが起こったわけではないけれど少しリリさんに気に入ってもらえたのは幸運だ。ここまでのやりとりを通じてマティーカ旅団は僕に害を加えようとしているわけではないことが分かったが、それでも生殺与奪の権は掌握されている。逆らわないこと、気に入られることが長生きの為には必要だろう。その上でまずは情報を得ることだ。


「リリさん。この車はどちらに向かっているのでしょうか」

「目的地はない」

「目的地がない、とはどういうことですか」

「今はそれが目的」

「当てもなく彷徨うことが目的である、ということでしょうか」

「そんな感じ」


 未開拓地域のマッピングだろうか。それなら、少しは手伝えることがあるかもしれない。昔取った杵柄とでも言おうか、一人で生きていくための方法などは父親から教えを受けていた。父親はそういったサバイバルの経験もなさそうな人間であったが、僕には積極的にそういった知識を身につけるように教育した。他にも様々なことを学んでいたが、まさか一番必要になるのが生存の為の技術だとは思わなかった。


「マキア、町はまだ遠い」

「見ている限りそのようですね。申し訳ありませんが、暫くはお世話になろうと思います」

「うん。歓迎する」


 そんな話をしていると魔導装甲車は徐々に速度を落としていき、川の畔で停車した。僕が倒れた川と同じものだろうか。そんなことを考えていると部屋の扉が開いてナシサスさんが入ってきた。

 

「マキアさん、体調の方はどうかな」

「良くなってきました。いい景色を望ませていただいたおかげで、十分休息が取れました」

「それはよかった。だったら今後のことについて話し合いがしたいんだが、大部屋の方に来てもらってもいいかな」

「分かりました」


 扉の向こうはそのまま大部屋に繋がっていた。面積としてはさっきまで僕がいた部屋のおよそ五倍ほどの大きさで、様々な物が雑多に置かれている。真ん中にはテーブルと椅子が備え付けられており、僕はそこに座るように促された。対面にナシサスさんが座り、何故かリリさんは僕の隣に座った。


「カレン!丁度良いからダグラスさんも連れてきてくれ!」

「あいよ!」


 少し後、車の前方からカレンさんが大柄な男性を連れてこちらにやってきた。彼がダグラスさんなのだろう。ぱっと見た限りでは僕の父親とさほど年は変わらないのではないかと思われた。彼の視線がこちらを向くと共に見つめ合うような形となる。厳つい顔つきの彼に僕は少しだけ怖さを感じていたのだが、破顔一笑、彼はニッコリと笑って僕に話しかけた。


「おう!坊主!ちゃんと生きてたか。おらぁダグラス。この魔導装甲車の運転手をやってる。よろしくな」

「よろしくお願いします。私はマキアと申します。しばらくの間お世話になります」

「マキア、いい名前だ。大切にしろよ」


 差し出された手を握り返す。その掌の硬さに驚かされた。そして彼の手の甲には滝の模様が彫り込まれているのが分かった。ナシサスさんやリリさんと同じく、手の甲のマークが旅団の証なのだろう。


「旅団の全員とマキアさんが顔合わせ出来たところで、今後のことについて話し合いをしようと思う。ただ、まずは…………飯だな!客人を歓迎しよう!」

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