東霧の平原2
本日(4/20)中に後一話投稿予定です。21:00に予約投稿済みなので「続きが気になる」「読んでやってもいいかな」と思っていただけた場合はブックマークをしてお待ちいただけますと幸いです。
「我々はマティーカ旅団。絶景を求める旅を続けている。君は旅人か」
男性が問うた。当然僕は旅人ではないため首を横に振って否定する。そうした後に少々後悔したのは、旅人ではない自分の身の上をどのように説明したら良いものか、と考えたからであった。自分自身をもし何かに例えるとするならば、残念ながら逃亡者がぴったりであろう。後ろめたい気持ちが先行した結果、命の恩人であろうこの人達相手だとしても、馬鹿正直に今までの経緯を全て暴露してしまうのは気が引ける。それは結局の所彼らが味方になるか敵になるか分からないという点や、最終的に自分の問題に彼らを巻き込んでしまうことになるのは本意ではないからであった。
「そうか、君が旅人ではないのは何となく身なりから想像はついたがね。君のような軽装で東霧の平原に赴くなど自殺と変わりない。だからこそ、まず君が何故この平原に倒れていたのか、それを聞かせてくれないだろうか」
「団長、それよりも自己紹介すべき」
「失敬。君の言うとおりだ。一度先ほどの質問は忘れてくれたまえ、少年よ」
彼らからは至極当然の質問が寄せられる。もし自分が彼らの立場であれば同じことを問うたであろうし、この話の流れは必然であった。しかし今の僕には上手くその質問を躱すだけの用意が出来ていなかったから、黒ローブの少女の提案はまさに地獄に仏であった。
「まず、俺からいかせてもらおう。名をナシサスという。このマティーカ旅団の発起人であり、団長をやっている。元々はとある国の騎士団に所属していたのだが、俺には狭すぎた。世界を知るため、そして美しい景色に巡り会うために旅人をやっている」
彼の筋肉はどうやら見せかけではなさそうだ。戦闘では一切歯が立たないだろう。僕の国の騎士団では見たことのない顔だったため、少し安堵の息を漏らした。
「私。リリ。よろしく。怪しくないよ」
嘘をつけ、心の中の正直な僕が叫んでいるが表には出せなかった。彼女が身に纏う仮面に黒ローブの異色の格好について、そして抑揚のなく感情の読めない声についての補足が欲しいところである。それを察したか否か、ナシサスさんは一つため息をついて言葉を続けた。
「リリの格好については気にしないでもらえると助かる。決して闇宗教の信者などではないということは保証する。正真正銘マティーカ旅団の一員だ」
「変えないよ」
先ほどよりも深いため息が部屋に響いた。どうやら今回ばかりの問答ではないらしい。その後二人の視線は当然の様に此方を向く。考えは纏まっていないけれど、仕方がない。喉の調子も本調子では無いものの言葉を発するのには支障がなさそうなところまで回復している。
「此度は私を助けていただきまして誠に有難う御座いました。私の名前はマキアと申します。あなた方は命の恩人です。私に出来ることであれば、どのような形でも恩を返させていただきます」
「顔を上げてくれないか。恩を返してくれるというのなら、先ほどの質問に答えてくれればいい。君が何者なのか、そして君が何故あんな場所で倒れていたのかをね」
「全ては話せません」
そう伝えたとき、リリさんの気配が少し険しいものになったのを感じる。それを察したナシサスさんはもう一つため息をついて彼女を窘めた。
「リリ、やめろ」
「だって」
「君は声色以外は感情に素直すぎる」
「気をつける」
相変わらず言葉から感情は読めないけれど、漠然と彼女がそれで納得しているようには思えなかった。
「マキアさん。すまなかった。我々は君を害するつもりはないと明言しておくよ。我々はただこの無人の平野に人が居たからどういう事情なのかと気になっているだけなんだ。勿論言いたくないことまで吐かせようなどとは毛頭考えていない」
「そう言っていただけますと此方としては恐悦至極に存じます」
頭の中で軽く情報を整理する。様々なことを思い出すと同時に今ここに辿り着くまでの長いようで短い道程を振り返る。一生分の経験をしたような気がしていた。
「そうはいえどもあまり込み入った話などではなく、ちょっとした家出のようなものでございます。父母の離別に際し、母親についていかねばならないことになったのですが、私としては受け入れ難く、逃亡を図ったというのが顛末でございます。その際に南方から追われるようにして仕方がなく、この平原に辿り着いてしまったのです」
「家出か。俺も昔は考えたこともあったけれど実際に家族から離れて自分一人で生きていこうなんて勇気はなかったな。そういう意味では君は俺たちよりも生粋の旅人なのかもしれない。それにしても逃げる方向はあまりによろしくなかったな。ここら一帯はほとんど不毛な土地だよ」
「ええ、後悔しています。魔物に襲われる危険性は薄いですけれど、腹を満たせる物に巡りあえず終いで」
そういうと同時に体の方が飢餓を思い出したのか、腹の虫が切なげに悲鳴をあげた。当然彼らにもその音は伝わって、リリさんは何か食べ物と飲み物を持ってくるといって部屋から出て行った。
「そりゃ腹は減ってるよな。何日間食べてないんだ」
「おそらく三日間です。それまでは魔物を食らって凌いでいましたが体内の魔力が暴走を始めそうで――」
そこで初めて体内の魔力が平時通り落ち着いていることを自覚した。
「魔力の暴走を止めていただいたのですか」
「ああ、うちには魔導士がいてな。君の状況に真っ先に気づいて処置を施していたよ。君に悪影響がないようでよかった。俺にはあいつが何をやっていたかは詳しくはわからないけれどね」
「なんとお礼を言ったら良いか……現在その恩に報いることが出来るほどの物品は所持しておりませんが、どのような形でも恩返しさせていただきます」
「ああ、それは気にしなくていいさ。君には自覚がないだろうけれど、実は俺たちも俺たちで勝手に君に助けられたからね」
「状況が把握できないのですが、一体どういうことでしょうか」
「君の暴走した魔力を利用させてもらったのよ」
そう言いながら部屋に入ってきた女性は、短髪赤髪でその顔は少し煤で汚れていた。手にはよく分からない工具が纏められたボックスを持っている。
「紹介しよう。彼女はカレン、こう見えても魔導士で、うちの旅団のエンジニアを兼任している」
「よろしく、坊ちゃん。なんとなくの事情はさっき来たリリに聞いたよ。何やら大変だったらしいじゃん」
「宜しくお願いします。なんとか一命を取り留めることが出来まして、心から感謝しております」
「飯はもう少しかかるってよ。流石に乾物ばっかり食わせるわけにもいかねえから調理してる。後整備は終わったよ、隊長。いつでも発車可能さ」
「ありがとうカレン。彼をどうするか決まったらまた連絡する」
「オッケー」
内心僕は驚愕していた。僕の国に所属する魔導士とは風貌が異なりすぎていたからである。魔導士といえば、ローブを目深に被り、一日中神に祈りを捧げることによって恩恵を得る、そういう人々だとばかり思っていた。ここでようやっと世界の広さを実感したのかもしれなかった。
「それで僕の暴走していた魔力はどうなったのでしょう」
「魔道具を使うのに利用させてもらっただけだよ。今部屋を照らしている光も、坊ちゃんの魔力を変換させてもらったもんさ。と、いうかそもそも坊ちゃんは魔力の器はあるのに魔法は使えないのかい」
「お恥ずかしながら、そうなります」
そう言いながら僕は俯いた。魔法使いとして僕はあまりにも中途半端な存在だった。魔法具がなければ自力で魔力を放出することも出来ない。そもそも自身を魔法使いと称することに抵抗を感じるほどである。
カレンさんは恥ずかしく思うことはないさ、と微笑んで僕の頭を撫でた。ワシワシと大雑把で、力強いその手に、僕は何か救われたような気持ちになった。誰かに頭を撫でられるなんてことは久しぶりだった。それも遠い遠い記憶で、確かそれは父の大きな掌だったような気がした。頬を熱いものが次々に流れ落ちていくのを感じる。その時僕はどんな気持ちだったんだろう。何を思って、そして何を望んでいたのだろう。後から考えてみてもよく分からなかった。
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