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東霧の平原1

本日(4/20)中に後二話投稿予定です。19:00と21:00に予約投稿済みなので、「続きが気になる」「読んでやってもいいかな」と思っていただけた場合はブックマークをしてお待ちいただけますと幸いです。

 西の空が金色に染まっている。しかしここは日が沈まない土地。西の空に浮かぶ光源は北の空を南の空を通った時と同じ時間をかけて通り、東の空を金色に染める。


 僕はここに来てから日が東に落ちかける頃に睡眠を取るようにしていた。その時間は霧が発生し、暗く視界が悪い。野宿であろうが、霧の時間は魔物も此方を補足することが出来ないため動かない限りは安全である。ただ僕も魔物と同様に数歩先すら見えない状態は変わりなく、この盲目の世界で無闇に動こうとすると、余計な危険を招きかねない。そのため東霧の数時間は全ての生物にとって、この世で最も静かで安全な休息を取ることのできる時間であるといえるかもしれなかった。


 余所から歩いてここまで来た僕にはこの不思議な沈黙が未だ少し慣れない。誰かを、何処かを探して数日間磁針だけを片手に北へ北へと進んできた。ここは気温が低いけれど安定している。少し着込めば気になるほどではない。気になることがあるとするならば、ここには食料が乏しい。何かを腹に詰め込まないと人は死んでしまうので、僕でも狩りきれる中途半端な強さの魔物の肉を食らってなんとか誤魔化しているが、魔物の肉が含有する魔力の量は存外に多く、魔力の器が大きいわけでもない僕には毒となり得る。現にそろそろ自分では制御できず、放出に困った魔力の流れが僕の体内を常に巡っている感覚があった。もはやこれ以上摂取するわけにもいかない。魔力の器に収まりがつかなくなった魔力は居場所を求めようと他の臓器を侵食し、機能を停止させる恐れがあると確かに文献で読んだ記憶があった。


 魔力を保有しない果実等を探しているが、この辺りは実を付けない低木しか存在しない。果実を育てるには気温の寒暖差が不可欠。だからいくら必死に探そうが、食用になりそうな果実は見つからないだろうと理解はしていた。しかし、簡単に諦めたところで単に自分が野垂れ死ぬだけの結果が待ち受けている。誰だって死は怖い。


 それもこれも僕が魔法を使えないことが全ての要因だと独り言ちった。何か一つ魔法を使うことが出来るならば、時間を掛けてでも体内に渦巻く魔力を散らすことが出来るのにそれは叶わない。更に北へと歩を進めながら常々恨み節を吐く。元はといえば僕が今こんな僻地で彷徨っているのも僕が魔法を使えないことに端を発していた。


 さて、このようなことばかり考えていても現状は何も変わらない。とにかく誰かを、あわよくば集落を見つけなければならない。現在の手がかりとしては、二日前、ここから見て東の方に複数人が存在した形跡を見つけた。一箇所だけ不自然に固められた土を掘り起こすと、そこには土に還る前の残飯が埋まっていた。僥倖だ。どれだけの困難の中であっても希望は存在する。そこにいたであろう人の群れに助けを求めることを決めた僕は地面に残る轍に沿って北へ北へと向かっている最中であった。


 しかし追いつけるとは到底思えない。僕はもう全力で追いかける気力も体力も残ってはいないし、そもそも彼らは乗り物を保有している。僕には追いつくための最低条件である速度が欠落していた。しかし、彼らの向かう先に町でもあれば、彼らではないとしても、もしかしたら助けが得られるかもしれない。そんな一縷の望みに賭けることしかできなさそうだった。


 足元の轍が消えた。というよりは川の中へと続いているようだった。単身で渡るには危なすぎるほどの川幅と水流の速度で、もはや諦めが先に来た。


 何日間歩き続けていたのだろうか。自分でも意識しない疲労が蓄積していたようだ。歩みはのろのろと、まるで病の老人の徘徊である。日はまだ南の空に浮かんでいる。先ほど目が覚めたばかりであるのに、もうここで眠り込んでしまいたい、そういった欲求に逆うための余力はすでになかった。一度疲れを意識してしまうと、無理を通して本能に逆らうことは耐えがたい苦痛を伴った。

 ほとんど気絶のように眠り込む僕の耳に聞き慣れぬ駆動輪の音が遙か彼方で微かに聞こえていた。


 ※


 多少の振動に意識を取り戻すと、魔力に侵されていたはずの身体はひどく落ち着いていた。喉の渇きと腹の空き具合は変わりなかったし、落ち着いてみると猛烈な怠さに襲われる。それでも一先ず直近の死は免れることが出来た。現状確認をしようと上体を起こそうとして、上手く力が入らずに再び倒れ込む。すると僕の意識の覚醒に気づいたらしい誰かが左方より声を掛けた。


「おはよう。無理をしない方がいい」


 感情の含まれていない声だった。会話の内容は僕を心配するものであったけれど、本当にそれが本心から出た言葉であるかは疑わしいものであった。彼女は僕に近づき、背中に手を添えて上半身を起こす手助けをしてくれた。これではまるで年寄り扱いだなと思ったが、死にかけという意味ではもはや同じような存在と言っても過言ではなかった。


 しかし僕が彼女の顔を確認することは叶わなかった。それは彼女が全身を真っ黒のローブに包まれ、その上顔には未だかつて見たことのないような装飾の施された仮面を纏っているからであった。その人物が女性であると判断したのでさえ、声色が男性にしては高いことのみを要因としていた。彼女の容姿は僕の知らない神を信仰しているのであろう宗教に属している人間の格好であった。


 僕は彼女に救われたのだろう。命の恩人に変わりはないし、彼女がどれだけ未知の存在を信仰していたとして、神はもはや僕を裏切った。一度死んだはずの命をどのように扱われようが、抗うのは理と義に反している。彼女は僕の奇異なものを見る目もお構いなしに会話を続けた。どうやら慣れているらしい。


「会話は出来る?」

「ばッッ…………!!」


 「はい」と発したはずの言葉は強烈な喉の痛みと共に酷く濁った音の破裂として生み出された。深く咳き込む。喉が渇きすぎていて上手く声が出なかったようだ。ジェスチャーで何か飲むものが欲しいと伝えると、彼女は僕の背中を摩った後上手く察してくれたようで扉の向こうへと消えた。僕はそうして初めて自分が今居る場所がどこかの個室にあるベッドの上であることを把握した。近くに町でもあったのだろうか、僕が倒れた場所は大河の畔だったはずだけれど。


 彼女が戻ったとき、彼女一人ではなくその隣には薄着の男性がいた。彼の背格好、筋肉の付き方からは戦闘に通じている者であると容易にうかがい知ることが出来た。筋骨隆々とはまさにこの人のことを指すのだろう。


 彼女が持ってきた真水は布に染みこませるよりも速く体内に吸い込まれていった。向こうもそれは想定済みであったのか、多少大きめの壺から追加の水を器に注いでくれた。そうしたやりとりを後三回ほど繰り返した後にようやく喉の渇きと離別することができた。


 「あ、あ、あ」と小さな声を何度か発してみて少しまだ痛みはあるけれど、会話に支障のない程度まで回復していることを確認して、初めて発した言葉は当然「ありがとうございます」の一言だった。体が自由に動かせるようならばもっとまともな感謝の体勢を添えていたことだろう。


「無事で何よりだ。目の前で死なれるようなことになっていたら、これ以上寝覚めが悪くなることもなかっただろうさ」

「心配していた。本当」


 男性は朗らかに、そして黒ローブの彼女はやはり声色から感情が読み取れなかった。だけど此方を気遣うような動向からはそれが真実であろうと言うことと、二人が優しい人物であろうということは読み取れた。これから我が身がどうなるか予想も付かないけれど、一先ずは安心してもいいのかもしれないと感じられた。


「無理をして話す必要はない。君が声を出そうとして酷く咳き込んだと聞いた。だから君のことを話してもらう前に、まずは我々のことを話させてもらおうと思う」


 そうして彼と黒ローブの彼女は左手の甲を此方に提示した。男性の手には大樹の模様が、黒フードの彼女の手には草原の模様が刻まれていた。模様を此方に掲げる彼らはどこか誇らしげな様子であった。


「我々はマティーカ旅団。絶景を求める旅を続けている。君は旅人か」


 僕にはそんな二人が眩しく見えた。

本日(4/20)中に後二話投稿予定です。19:00と21:00に予約投稿済みなので、「続きが気になる」「読んでやってもいいかな」と思っていただけた場合はブックマークをしてお待ちいただけますと幸いです。


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