子供の目の方が見えるものもあるよね
「おきた! ダグがおきたよ!」
「レンも! レンもおきた!」
ダグとレンが目を覚ましたのは、日が沈み切るかどうかの頃だった。
交代で二人を見ていた子供たちが、わっと元気になって我先にと報告してくれる。
ほぼ同時に目覚めた二人は、まだ具合が悪そうにしていたが受け答えは出来ていた。
一旦他の子供たちは二階の部屋に上げてから、フランツ神父が二人と話し始める。
「二人とも、地下水路で魔物に捕まっていたんですよ。マーガレットとレインさんが助けてくれなかったら、死んでいたかもしれなかった」
「魔物を倒したのはほとんどレインさん一人ですが」
「それを言うなら、僕は治療に関しては何もできなかったよ」
マーガレットが謙遜するので僕も返す。
二人とも少し早口なのは、フランツ神父がお説教のモードに入る気配を感じているからだ。
「良いですか。少しの寄り道もするなとは言いません。町を見て回るのも必要な経験です。だから、年長になったら外に出る用事を引率なしで頼んでいます」
病み上がりの子どもにすぐに説教をするのは、僕は少し可哀想に感じてしまう。だが、子育ては未経験の身。ここは黙って様子を見るのが良いだろう。
「しかし、町の中ならどこでも行っていい訳ではありません。
悪い大人がいる場所は分かっていたと思いますが、今回のように魔物に遭遇したり、事故に遭う可能性もあります。
何かあった時に助けを求められる人が周りにいない所へは、大人でも行くべきではありません」
レンもダグもうつむいたまま、フランツ神父の言葉を聞く。
「今回は本当に二人とも幸運でした。取り返しのつかないことになる前に見つかったこともそうですが、そもそもマーガレットとレインさんがたまたま来てくれて、たまたま助ける気になってくれたからの事です。
自由であるということは、誰も面倒を見てくれないということです。たとえ命の危機でも、助けてもらえるのが当たり前ではありません」
神父は淡々とした口調で二人を諭す。
聞いているうちに恐怖を思い出してきたのか、二人の目にはみるみる涙が溜まっていく。
「……みんな、本当に心配しました。家のみんなも、町の皆さんも、レインさんも、マーガレットも、私も。
当分外出は禁止とします。まずはみんなに謝って、しっかりと反省するように」
「うぅ……グスッ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
ダグはもう完全に泣いてしまった。
何回もごめんなさいを繰り返されるといよいよ心が苦しくなるが、しっかりと反省してもらうためにはここで厳しい顔をしていないといけないだろう。
子育ての難しさが少し分かったような気がする。
一方レンは、謝ってはいるけどまだどこか強がっている様子だ。
涙はもう溢れてしまっているのに、それを拭いもしないで唇を噛み締めている。
流石と言うべきか、命の危機の直後でも強がることが出来るのは、僕はすごいと思ってしまうけど。
神父はどうするだろう、と様子を見れば。
「私より、まずお礼を言うべき相手がいるでしょう。助けてくれたのは誰ですか?」
あ、こっちに振ってくるんだ。
まあ確かに、普段は優しいお姉ちゃんのマーガレットから言えば、さらに反省するかもな。
「えぐっ……メグおねえちゃん、うぇ、レインおねえさん、ごめん、なさい……グスッ、たすけ、くれ、ありがとう……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったダグが、こちらを向いてそう言う。(後半は聞き取るのも大変だったけど)
まあとにかく反省は伝わってきたので良しとしよう。
それで、レンの方はと見てみれば。
マーガレットの顔を見て、下を見て、また顔を見て、舌を見て、なかなか口を開かない。
ここは根気よく待ってあげようか。というか僕のこと一度も見ないし、何か言うならマーガレットだろう。
過ごした時間が違うから仕方ないけど、ダグもマーガレットは「お姉ちゃん」で僕は「お姉さん」なあたり、やっぱりまだまだよそ者なんだよな、僕は。
僕がそんなふう事を考えている間、マーガレットは何も言わずレンをじっと待っていたのだが。
突然レンは踵を返して駆け出した。
「こら、レン!」
神父が怒って呼び止めるが、子供特有のすばしこっさでレンはあっという間に部屋を出て行く。
もう暗いのにまた外に出たりしたら流石に危ないので、僕は追いかけて部屋を出る。
すると廊下の端にレンが見えて、そのままとんとんとん、と階段を上がっていく音が聞こえたので、とりあえずそこで止まって神父とマーガレットの方を見る。
「二人とも、申し訳ありません。やんちゃでもお礼が言えないような子ではないのですが、取り乱しているのか……」
「大丈夫、それは僕も分かっているつもりです。もちろんメグも、ね?」
「ええ、レンは良い子です。私、少し二人で話してきます」
そう言って出ようとするマーガレットを、僕は手で制した。たぶん今彼女が行くと逆効果だからだ。
「いや、ここはそんなに親しくない僕の方が良いと思うんだ」
「レインさんもいつもお世話になって、親しくないということは無いと思いますが。お願いしてもいいですか」
神父が僕に同意してくれたので、僕はレンを追いかけて二階へと上がっていった。
レンがどこにいるかは一目瞭然だった。二階の一番奥の部屋の扉の前に、他の子供が何人か集まってひそひそと話していたからだ。
「レンはここ?」
僕が小声で話しかけると、みんなこくこくと頷く。
扉に鍵はないみたいだが、突然一人だけ上がってきて閉じこもったので、みんなどうすればいいか分からず部屋の前にいたのだろうか。
「僕が話してみるよ。みんなは自分の部屋に戻って」
僕がそう言うと、みんな再びこくこくと頷いてゆっくりと解散し始めた。
がちゃり、がちゃりと音を立てて全員部屋に帰って行ってから、僕は目の前の扉を開ける。
部屋は倉庫代わりに使われているようで、主に今の季節には着ない厚手の服が仕舞われていた。端の方には古くくたびれたおもちゃなんかもある。
レンはその真ん中であぐらを組んでいた。
部屋の隅で膝を抱えているかと思っていたので、そのふてぶてしさについ笑ってしまう。
あ、睨まれた。
「どうして、逃げたの?」
「……」
「レンのこと、僕はそんなに詳しく知らないけど。ごめんなさいが言えないような君じゃないよね?」
「……」
「もしかして、マーガレットだから?」
そこで初めて、レンが少し身じろぎした。
やっぱりな、と思うと同時に、ここだ、と思った僕はレンのすぐ前に座り込んだ。
「憧れの人だから、恥ずかしかった?」
「……」
レンは何も言わない。否定もしないので、どうやら当たりかな、と思ってさらに話す。
「かっこ悪いところ見せたくないのはわかるけどさ。
僕もいつも、危ないところをマーガレットに助けてもらってるよ。そういう時ちゃんとありがとうって言えない方が、子供扱いされちゃうと思うよ」
「……女扱いされてるやつに、言われたくない」
……うん?
「あんた自分が女だってウソついてるんだろ。初めは女の服着て化粧してるからヘンタイなんだと思ってたけど、なんかみんな本当に女だと思ってるみたいだし。
かっこいい男になりたいと思ってないやつに、何がわかるんだよ」
……疑ってるどころじゃない、完全にバレてるみたいだ。
マジか。初めてだ。え? 実は気付いてる人結構居たりするのか?
一瞬頭が真っ白になる。
でも、ここで誤魔化したりしてはいけない。
年上として教えるべきことを教えるのに、僕だけ嘘をついてはダメだ。
「……そうだね、僕はウソつきだ。命を預けるパーティの仲間に、ずっと女のふりをしてる。そこは君の言う通りだ。
でも、男だろうと女だろうと、礼儀がなってない人は人として相手にされないよ。
それに、僕がウソつきなだけで、女性の格好をしててもかっこいい男の人はいっぱいいる。ヘンタイなんて言っちゃダメだ」
自分が男だと初めて認めてしまったけど、構うものかとばかりに言いたいことを一気に吐き出す。
「ちゃんと謝ってお礼を言えば、マーガレットはかっこ悪いなんて思わないよ。別の時にかっこいいところを見せられれば、レンのこと男として見てくれるよ」
「……レインさんが言っても説得力ないよ」
そうぽつりと言って、レンは立ち上がり部屋を出ていった。
「レンとどんな話をしたんですか?」
二人で改めてレンにごめんなさいとありがとうを言われた後。
夕食も一緒に頂いてから、僕とマーガレットは帰路についていた。
「いや、まあ、ちょっとね」
「正直、子供の相手がそんなに上手だとは思っていなかったんです。でも、あんなに素直になって」
レンはちゃんと分かってくれたようで良かったのだが、それは僕が男だと正直に認めたからみたいなところがある。
まさかマーガレットにも正直言える訳はない。
「ほら、僕昔からこんなだから、男の子の方がよく遊んでてさ。一緒に先生に怒られたりもしたから」
「まあ、そうなんですか。レインさんは口調とかは男の子みたいですけど、そんなにおてんばさんではないと思いますよ?」
「あー、そ、そうかな。だとしたら少しは良くなったのかも。あはは」
適当に言い訳したつもりが余計危ない方向に話が進んでしまう。
なんとか話を逸らそうとしながら、僕の長い一日は終わっていったのだった。
……いやしかし、レンに男だとバレていたとは、子供も侮れない。スライムに掴まれた時よりビックリした……。
ということで、二話からのエピソードはひと段落しました。読んでくれた方はありがとうございます。
次回からは一話のノリに近くして、もう少し短い話を書こうと思っていますのでよろしくお願いします。
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