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9話 『部屋が・・・・・・もうやだ』


 今回はいつもより長めになってます。


「やっと着いた」


 玄関先で荷物を下ろし、悠人は凝った肩をぐるぐると回して首を捻った。それから腕を伸ばして完全に凝りをほぐし、山積みになった箱を押しのけて、その場に寝転がる。


「いや~、荷物運びありがとう! 助かったよ」


 脱ぎ捨てられた靴を揃え、銀髪の少女、ルーシーは笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べた。そして乱雑に押しのけられた箱や袋の中身を確認し、服やアクセサリーを取り出しては笑みをさらに綻ばせる。

 ファッションにでも興味があるのだろうか、と悠人は寝転がった態勢のまま伸ばした腕の先にいる彼女を見上げた。


「今日は本当にありがとう。また一緒にショッピングに行こう!」

「ぜってぇいかね」

「え~、それは残念だな」


 買ったものを受け付けの奥に運んでいく彼女に、気だるげに手を振って答えた。

 ちょっと買い物に付き合うだけの予定だったのに、とんだ災難だった。確かに町に関することを色々と教えてもらいはしたが、割に合わなすぎる。

 もう二度とルーシーと買い物に行くことはない。そう悠人は心に誓った。


「さっさと風呂に入って飯食って寝よ」


 こうしていても疲れは取れない。愚痴を言い続けても仕方ない。悠人は重い腰を上げ、背伸びをした。そして、共用の風呂場へと足を運ぶ。

 この後やることは特にない。と言うより何もできない。ゲームやテレビ、パソコンは当然ないし、ライトノベル小説を読み漁ることも言わずもがな。

 強制的に与えられる本当の意味での暇。目まぐるしく動く都会では忘れ去った感覚だった。だが、たまには良いのかもしれない。

 普段健康に気を使うことはないが、今日はとことん疲れているし、早めに寝てゆっくりしよう。


 悠人は大きな欠伸をして、そういえば替えの服がないことに気づき、受付の奥にいるルーシーを呼ぶ。

返事をして出てきた彼女。悠人が服を貸してほしいと口を開こうとしたそのときだった。


 二階から床がどしんと震える音と、皿が割れたような鋭い音が重なって、悠人たちのいる空間に響き渡った。


「なに? どうしたの?」

「わからん。とりあえず行ってみるぞ」


 悠人とルーシーは階段を駆け上がり、長細い廊下の一番奥の部屋――悠人が借りた部屋へと急いだ。

そして扉を開けた途端、二人は驚愕の表情を浮かべた。


「ごめんなさい! ごめんなさい~!」


 砕けてバラバラになった長テーブルと椅子。割れて床に飛散した窓ガラスと皿の破片。備え付けの台の上に置いてあった観葉植物は、それが入っていた壺と共にぶちまけられている。

 そして、それらをしでかし、泣きじゃくりながら謝り倒すミア。

あれだけ安心感のある心地よさそうな空間は、見るも無残な光景へと変貌していた。

 ビフォアーアフターがアフタービフォアーしていた。


「悠人君、これは……」

「すまん、俺にもわからん」


 開いた口が塞がらず、悠人は呆然と立ち尽くす。そうしているうちに、色々な疑問やらツッコミやら怒りやらが胸の底から湧き上がってくる。これらの対処もままならないが、やがて悠人はミアの元へと歩き、冷ややかな視線を下ろした。


「俺は掃除をしろ、と言ったんだ! どうして部屋が来た時より散らかってるんだ説明しろ」

「ごめんなさい! ごべんなさい!」

 問い詰めても泣いて謝るだけのミアに悠人はため息をついた。こうなっては説明を要求しても意味はなさそうだ。

 

 油断した。ミアは不器用な奴であることは知っていた。だがまさかここまで何もできないとは……

 悠人は頭を抱えて、項垂れる。


「まあまあ、良いじゃないか。ミアちゃんも怪我はなかったみたいだし」


 ミアが使っていたと思われる箒を持って、ルーシーは床に飛び散ったガラスの破片や、観葉植物用の土を搔き集める。

 ただ、驚きと失念の方が勝っているのか。動きがどこかぎこちなく、始終無言だった。


「すまねえ、ルーシー。部屋こんなにしちまって。弁償する」

「あはは、さすがにそれは吝かではないね」


 借りた初日に滅茶苦茶にする。こんなことをすれば、さしもの悠人も謝らずにはいられなかった。そしてやはり彼女の方も取り繕う暇もないようだ。笑ってはいるが、力なさげだった。


 それから床に散らばったものは一通り片付け終え、ルーシーは今日は遅いからと部屋を出て行った。まだ粉砕した長テーブルや椅子は残っているが、それは明日処分する予定だ。


「悠人様、ごめんなさい」

 目元を赤らめ、泣き止んだミアはペコリと頭を下げた。

 その姿を眺め、悠人はもう一度部屋を見回した。だいぶ片付いたとは言え、本当にひどい。ただ不幸中の幸いというべきか。部屋の暖炉近くに置いてあるソファだけ無事だった。椅子を投げられて少しへこんでいるが、使用できないことはない。


「もういい。いや良くはねえが、言っててもしょうがねえ。それよか飯だ飯」

 やることが増えたが、それは明日考えることにして、腹を満たす方を優先させる。

 しかしミアは要求を聞いてびくっと肩を跳ねつかせ、指をツンツンし始めた。視線は寝室のある部屋の方に向けられる。

 悠人はまさかと思い、寝室の扉へと向かう。


「悠人様、待って!」

 ミアの制止を振り払い、寝室の扉を開けた。

「ミア、これは何だ」

 どこからか引っ張り出してきた小テーブルの真ん中に、紫色の液体が盛られた皿があった。

 悠人はそれを指差して問いかける。


「それは、えっと。皿です」

「わかっとるわ! その皿に入ってる液体は何だと聞いてる。頓智(とんち)やってるんじゃねえぞ」

「ひっ、ごめんなさい! えっとそれは……シチューです」

「本当のことを言え!」

「本当です! 外は寒いですので、悠人様に温まって頂こうかと思いまして……」


 最後の方はよく聞き取れなかったが、目の前のそれは食べ物であることはわかった。そしてミアは嘘をつく性格ではなさそうなので、おそらく本当にシチューなのだろう。

 悠人はおぞましい雰囲気を漂わせるシチューにしかめ面をする。


「す、捨てましょう。食材は余分に買ってはいるので、その残りを使ってどうにか……」

「いや、捨てるのはもったいない。喰うわ」


 味には割と五月蠅い悠人ではあったが、そのためか食事を粗末に扱うことにも多少の抵抗があった。それに空腹もそろそろ限界に達していた。この世界に来てからというものの何も食べていない。


「お辞めください。きっとお口に合いません」


 当然、味など期待してはいない。ただ、今は空腹を満たしたかった。

 味が悪くても基は食材。好き嫌いはほとんどないし、我慢すればきっと食べられる。

 悠人は皿に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。甘いオレンジの薫りが鼻腔を擽ってきた。匂いは大丈夫そうだが、隠し味に果物でも入れたのだろうか。少しだけ不安になる。


「いただきます」

 勇気を搔き集め、悠人はシチューと呼ぶには程遠いものを口に含む。

 第一印象はうまくはないが不味くもない程度のものだった。悠人はほっとした表情と意外そうな顔を浮かべて口の中で液体を転がす。


「――!」

 突然、悠人は舌に違和感を覚える。襲い掛かる刺激が一気に危険信号となって体内を荒れ狂い、視界が明滅する。むせそうになる肺をどうにか抑え込み、悠人は台所まで全速力で急いだ。


 たどり着いた先で、咳き込み口に含んだものを全て吐き出す。水道の水を限界まで放出し、両手を台所の縁に置いて休みながら、歪んだ視界を必死に整える。


 何が起きたか、目と口を開きながら思考する。詳細はわからないが、変なものがあの中に入っていたことは間違いない。そして今まで食べた、あらゆる食事のどれにも当てはまることのない味だった。


 またしても咳き込む悠人。口周りを拭って、台所の縁にへと手を戻す。その際、手に何か当たった感触があり、そちらの方を向く。

 嫌な予感がした。しかし確かめずにはいられなかった。悠人は触れたボトル状の形のそれを手に取った。


 新発売!! 『油』がよく落ちる魔法洗剤。オレンジの薫り。クマたんオススメ!


「ミアァ!!」


 完全に堪忍袋の緒が切れ、怒鳴り声をあげた。すぐ後ろにいたミアはのけ反り、怯えた反応で悠人に近づく。


「お前、これちゃんと読んだか! 洗剤じゃねえか」

「え? そんなはず……」


 ボトルを渡すと、みるみる表情が青ざめていく。ミアはまたしても平謝りを繰り返す。


「ほんと信じられねえ」

 食べ物ですらなかったのだ。さしもの悠人でも、あれは食べきれない。そもそもシチューに油は必要ない。なんでわざわざ入れたのか甚だ疑問であった。それに寄りによってどうして油の文字だけ大きくしたのかこの会社は。

 悠人はため息を吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げるというが、気にするのも面倒だった。


「不愉快だ! 俺はもう寝る!」

 そう言って、不貞腐れた顔でソファへと向かい寝る態勢に入る。

「でも、悠人様。お食事は……」

「いらん! 腹が減ったんなら一人で食ってろ!」

「そんなところで寝ていては風邪を――」

「いらん気づかいだ! 疲れたんだ、今日はもう話しかけるな」

 少し強めに言い過ぎたか。そんな考えが頭をよぎったが、気力も余裕もない。気にせず暖炉と向かい合って目を閉じた。

 ミアはそれ以上口を開くことなく、肩を落として寝室へと戻っていった。照明が消える。


 慌ただしかった空気が徐々に静かになっていく。日も沈み、完全に暗くなった部屋で、悠人は今日の出来事を振り返る。

 思えば今日という日は散々だった。異世界転移初日だというのに、これでは先が思いやられる。

 悠人は薄目を開け、それからもう一度目を瞑った。


 静まり返った空間で一人、うつらうつらと徐々に力が抜けていく。そのときか否かは悠人には判別がつけられなかったが、柔らかい感触が体に覆いかぶさったような気がした。

 冷え切った部屋でそのぬくもりを感じながら、悠人は一日を終えたのだった。


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