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7話 『宿屋の娘』


 見慣れない西洋風の街道を歩き続け、悠人たちは通り沿いにある宿屋の前までやって来ていた。

 一等地に建てられた大きな木造建築。少し古びているが、仄かに漂う木の匂いも相まってノスタルジックな感傷を見る者に与える。都会に佇む宿屋、というよりは古風な屋敷というべきだろうか。妙な哀愁が辺りを包んでいる。


「さあ、着いたぞ。中に入れ」

 ソフィアの指示で足を踏み入れると、広い玄関が迎い入れた。長い廊下が奥まで伸びているが、外見に劣らずの静かさで受け付けらしい窓口にも人がいなかった。


「おーい、誰かいないか!」

 叫び声に上の方から返事が聞こえた。暫くしてドタドタと足音がしたと思ったら、手前の階段からひょいと一人の銀髪の少女が現れる。


「おー、ソフィア。いらっしゃい」

 背丈は悠人と同じかそれ以上。体型も華奢だった。しかし、悠人とは違って青色が綺麗な瞳は穏やかで、体中から優しさが滲み出ている。

 彼女はぱっと顔を明るくして近寄って来る。


「突然押しかけてすまない。ちょっと彼らが部屋を探していると言うので、連れてきたのだ。……こちらはルーシー・アルベルト。この宿屋をやっている主人の娘さんだ」

「初めまして。僕はルーシー。よろしくね」

 背筋をピンと伸ばし、丁寧なお辞儀で迎い入れる。それに倣って、後ろにいたミアも「初めまして」とお辞儀をして自己紹介をする。


「挨拶はいい。それより早く部屋、紹介してくれ」

 ぶっきらぼうに言い、悠人はお辞儀をするルーシーの横を通り抜ける。そして首だけを彼女の方に向け、無言で案内を促した。


「君の連れてきた人、ずいぶんと変わってるんだね」

「ひねくれているのだ。そう言ってやるな。大目に見てやれ」

「おい」


 ひそひそ話のつもりだったのだろうか。お互いに顔を寄せ合っていたが、ダダ洩れだった。悠人は口調を強め、半目で睨みつける。


「……こほん。それでは私も仕事が残っているのでこれでお暇する。悠人、また何かあったら呼んでくれ」

「おーう。案内ご苦労さん」


 気だるげな返事をして、ソフィアが玄関から出ていく様子を眺める。そして悠人たちはルーシーと共に二階の宿部屋へと進んだ。二階は長細い廊下が続き、その両側に扉がいくつか立ち並んでいる。その一つ一つを通り過ぎ、悠人たちは一番奥の角部屋に案内される。


「ここが今空いてる部屋で一番いい部屋かな」

「おー」


 十畳ほどの一室に皿の入った棚と長テーブルの置かれた1LDK。二つの窓の外は開けており、そこから日中の僅かな光が差し込んでいる。窓際の備え付けの台には観葉植物が照らされており、質素だが、それがかえって安心感のある空間となっていた。

 奥にはもう一つの扉があり、中にはベッドが見える。寝室は別の部屋にあるようだ。そして暖炉近くにソファも置いてある。冬の寒い時期にもある程度快適に過ごせそうだった。


「どうだい? 結構いい部屋だろ? 安くしとくよ。今ならなんと、月々金貨ワンコイン!」

 具体的な値段を言われても、いまいちピンとこない。しかしそれなりの広さであり、日当たり良好の部屋だ。金貨も数十枚あるし、特段不満はない。と言うよりソフィアは帰ってしまったので、そもそも選択権などない。


「素敵な部屋ですね! 悠人様」

 ミアも気に入っているようだ。目を輝かせて頷きながら、悠人を見ている。


「ここにするか」

「まいどあり~」

 八百屋の店長みたいな口調の彼女に、悠人は金貨一枚を手渡した。そしてすぐさまソファに寝ころび、束の間の休息に入る。


「これからどうするのかい? もう寝るのかい?」

「いや、さすがにまだ早いだろ……町でも見回るか。初めての町だしな」

 この世界に来たばかりでわからないことだらけだった。まずは、この周辺のことを知っておくべきだと悠人は考えたのだ。

 ルーシーは相槌を打ち、ソファの背にもたれかかる。


「それだったらどうだろう。僕も一緒に付いていってあげようか? この辺には詳しいし、きっと役に立つよ。ただ――」

「ただ?」

「買い物に行くから、ちょこっとだけ、ね?」

「嫌いじゃねえぜ、そういうの」

 悠人は立ち上がって背伸びをし、それからミアの方を振り返った。ミアはびくっと肩を跳ねつかせる。


「ミア、仕事だ」

「はい、何でしょう?」

「町行ってる間に、この部屋掃除しとけ。それから夕飯の用意もだ。メニューは任せる。ほれ金だ」


 矢継ぎ早に言葉を並べ立て、金貨――は多すぎと感じ、銀貨を親指で弾いて渡す。それをわたわたと玉投げのように扱った挙句、落としたミア。そして銀貨を拾い、自信満々にこう告げる。


「わかりました! 任せてください!」

 悠人はそのセリフに懐疑的に眉を顰めたが、彼女が口を紡いで鼻息鳴らしているのを見て追及を止める。


「それじゃ、悠人、君でいいのかな? いざ、買い物に行こう!」

 目的がすり替わっているが、そのことについての追求も特にしなかった。



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