6話 『早とちり騎士』
「この通りだ。本当にすまなかった」
謝罪と同時に赤髪の騎士――ソフィアが首を垂れた。勘違いで始まった疑惑は晴れ、悠人は土下座する彼女の前に立ち尽くしていた。
「き、騎士様、どうか顔をお上げください」
「違うだろ。まだ早い」
ミアが慌てた声をあげ、紫色の髪を揺らしながら騎士の元へと近づく。しかし悠人はそれを制し、サメのように下卑た笑みを浮かべて鋭い目で見下ろした。
「だってよ。こいつ公衆の面前で犯罪者呼ばわりしたんだぜ? しかもその理由を聞いたら勘違いときた。碌に調べもしないで散々喚き散らして、間違いが発覚してからごめんなさい。それで済むなら警察はいらねえよな? それに俺は何度も違うって言ってんのに聞きやしねえ。もうこれ冤罪じゃね? 正義の騎士様がこれだから世界中の罪のない人が――ん? この剣はなんだ?」
そっと差し出された長剣を訝しげに受け取る悠人。それを見るや否や彼女は滑らかな動作で一歩分下がり、頭をこちらに傾けた。
「悠人。お前の言う通りだ。私は謝るだけでは済まないことをした。だからこの命をもって罪を償わせてくれ」
「そこまでしろとは言ってねえ!」
悠人は剣を押し戻すが、彼女も譲らない。
「それでは私はいったいどうすればよいのだ」
「お前の命なんぞほしくねえよ。それよりも、もう少し誠意をだな――」
「誠意……まさか!」
急に立ち上がり、体を震わせた。かと思いきや、勇んで白の鎧を脱ぎ始め、黒のシャツとスカート姿になった。目を見張るほどの豊かな胸を寄せ、やはりもじもじと恥ずかし気な表情を浮かべている。
度し難い行動に加え、二度も会話を挟まれた悠人は戸惑いを隠せない。ミアも目を点にしている。
「ふ、ふふ。なるほどな。確かにそれは命を差し出すより困難だな。この私に裸で全力のすっとぼけ音頭を踊れとはな」
「は?」
さらに訳の分からないことを言い始めたソフィア。悠人は訝し気にその様子を見つめていたが、見つめている場合ではないと気付く。ミアも同じ反応をしていた。
「騎士様! どうかお辞めください!」
「止めるな! 私はこれを踊りきって正義を貫き通すんだ!」
「違うから! ってかお前の正義の基準ってどうなってんだよ!」
公衆の面前で服を脱ぎ捨てて踊る方が、よっぽど立ち悪い。悠人も止めに入ったが、邪魔をするなの一点張りで一向に止まる気配がない。黒のシャツから浅く焼けた肌がちらりと見え始める。
「いい加減に――しろ!」
言葉を短く切り、悠人は彼女の脳天に鋭いチョップをお見舞いする。かなり手加減したつもりだったが、効いたようだ。ソフィアはぐらりと首を回し、地面に膝をついた。
「人の話は最後まで聞けって何度も言ってるだろ。冗談だ。冗談。少しからかっただけだろうが。真に受けんな」
「悠人様……」
ミアは何か言いたげな表情で悠人を見つめていたが、鋭い視線を向けると顔を伏せた。代わりに落ちていた鎧を拾い上げようとする。
「だがな、それでは私の気が済まない……どうしたものか」
「それはまた別の機会だ。それより実は今、宿を探しているんだ。お前、この辺に詳しいんだろ? いい宿があったら教えてくれよ」
「それは構わないが……それでよいのか?」
「とりあえずは、だ」
ソフィアは暫く考え込むような仕草をしていたが、ふむと頷くと立ち上がった。それから鎧を持ち上げるのに未だ苦戦しているミアの元へ行き、軽々と拾い上げて身に着ける。
「了解した。私の知人に宿屋をやっている者がいる。そこまで案内しよう」
彼女は振り返り先頭切って歩き出し、悠人とミアもそれに続いた。