5話 『赤髪の美女』
晴れ渡った空の下、あてなく林道を歩いていると町が見えてきた。悠人たちはレンガ造りの簡素な門から中に入り、しばらく街道を進むと商店街までたどり着く。
名をスラストと呼ぶらしい町の商店街には多くの人々が行き交い、青果店や肉屋からは掛け声や売り文句が飛び交っている。
悠人たちは活気づいた人々の喧騒の中、西洋建築に挟まれた街道を歩いていた。
「ミア」
「はい。何でしょう」
振り返り、後を付いてくる少女の服装を鋭い目つきで見つめる。ボロボロで薄汚れた粗末なものであり、この寒空だというのに露出も多い。
「お前、あの店で服を買ってこい」
その格好のせいでミアは人々から好奇の目で見られていた。加えて金持ちだと思われたのか、悠人に関しても怪しげな男たちに声を掛けられている。それがどうも煩わしかったのだ。
顎先で木造の服屋を指して促す。
「いえ、そんな!私なんかのために服を頂くなんてできません」
「その格好で後ろを付いてこられても迷惑だ。いいから買ってこい」
悠人はジャージのポケットから金貨を一枚取り出し、ミアに渡す。林道を歩いていた時に気づいたのだが、おそらくあのアランとかいう神が入れたのだろう。
しかし、ミアはさらに驚いた表情で金貨を凝視し、やはり甘えられないといった態度を見せる。それさえも煩わしく感じた悠人が無言の鋭い圧力をかけると、渋々了承したように頷いた。
悠人は紫色の長髪を揺らして店の中へと入っていく背中を眺める。
ミア・ライト。聞いたところ16だという彼女だが、まだ幼さ残る小さな顔に大きな目、そして整った鼻筋に唇も妙に艶めかしく、体はやせ細っているのに女性らしいふくらみだけはしっかりと出ている。いわゆる奴隷美少女と呼ばれる彼女の容貌は、並みのラノベ主人公なら心躍っていただろう。しかし、悠人に限っては浮つくこともなければ、彼女をどうこうしようとも思わなかった。むしろ容姿は整っていようが、現実味がなければ人の心は動かせないと再確認することができた。やはりあの神は浅はかだと内心で笑みを浮かべる。
きっとこれからもミアに何か思うようなこともないだろう。
「そんなことより」
これからどうするか。
こちらの方が今は重要であった。路銀はいくつかあるので、しばらく食に困ることはない。しかし、行く当てもなければ世界も違う。常識やルールなど情報収集をせねばなるまい。それにこのジャージ姿もどうにかする必要がある。
色々とすべきことは多いがとりあえずは、
「宿探しだな」
まだ日は高いが、まずは寝床を用意しておくべきだ。そう判断した悠人は腕を組んでミアが出てくるのを待つ。
暫く服屋を眺めていると、目の前を行き交う観衆の視線が遠く左手の方に移ったことに気づいた。群衆を掻き分け、白の鎧を身に着けた一人の女が現れ出た。燃えるような紅葉色の髪と瞳の女は悠人のところまで近づきこちらを見つめてくる。
勝気で少し吊り上がった目と浅く焼けた肌。肩にかかるくらいの髪と頬は滑らかであり活発で健康的な印象を与える。しかしその美貌の下には何やら不穏な気が感じられ、下ろされた視線には軽蔑の色さえ伺えた。
女は携えていた鞘から長剣を抜き出し、声高に叫ぶ。
「私は王国騎士団のソフィア・リード。貴様が奴隷商だな!」
「は?」
悠人は一旦後ろを振り返る。しかしそこには騒ぎを聞きつけた野次馬どもがいるだけで、特にこれと言った人物は見当たらなかった。
「貴様だ! 貴様に言っている!」
「何の話だ。奴隷商? 知らん。人違いだ」
「とぼけるな! 体中に傷を負った少女が一人の男に連れていかれているとの通報があった。その男は変な服装で黒髪で、そして何よりもおぞましく虚ろな目つきをしていたそうだ! 貴様しかおらんだろうが!」
「さらっとディスってんじゃねえ! ってか俺は奴隷商じゃねえ。誤解だっての」
「あ、あの……」
二人のやり取りに割って入ったのはミアだった。彼女は服屋から戻ってきたようで、縮こまってオロオロとしている。
良いタイミングだ。
悠人は弁解してもらおうと振り返る。しかしジャージの袖を掴み、上目遣いを向ける彼女の姿に目を見張った。
「お前、その格好は何だ」
白のワンピースに身を包んだ彼女だが、その生地は薄く、胸元は開いている。さらにスカートの丈がかなり短く、露出度で言うなら奴隷服を軽く上回っていたのだ。
「これが一番安かったので! あ、これお釣りです」
「それ意味ないから。もっとましなやつ買ってこい」
「いえいえそんな! やっぱり私なんかにこれ以上高いものは似合いません。私なんか、価値のない、ただの女、なので……」
言ってて悲しくなったのか。段々とミアの顔に陰りができていく。
「アホか。そんな遠慮は――」
金属音が鳴り響いた。見るとソフィアと名乗った赤髪の女が長剣を落とし、手と口をわなわなと振るわせている。
「き、貴様。そんなか弱き幼気な少女に、そそそんなハ、ハレンチなものを着せて。傷だらけで、こんな寒空だというのに。何を、なにを……ナニを!」
急いで長剣を拾って構えた彼女は、きっと睨みつけた。
「この外道が! 恥を知れ! 貴様のしてきたこと、この私が許さない! そこのお嬢さん。もう大丈夫だ。そのクズ奴隷商から必ず助けてみせる」
「奴隷商?」
「だから違うっつってんだろ!」
「問答無用! その腐りきった性根、叩き切ってやる!」
ソフィアが地面を蹴って走り出し、一気に距離を詰めてきた。怒りを含んだ一撃が頭上を襲う。
「いい加減に――しろ!」
それを悠人は蹴り上げて弾き返し、そのまま身を翻して背後に回った。そして羽交い絞めにして相手の自由を奪う。
「な、何をする。放せ!」
「嫌だね。ってかそろそろ話を聞け」
ソフィアはジタバタと体を捻るが、それを上回る力で押さえつける。暴れる彼女に話し合いどころではないと頭を悩ませる悠人。
それに野次馬が増えてきた。これでは絵面的にもよくない。
「ふ、二人とも、喧嘩はお辞めください!」
「来るな! こいつは私がどうにかするから、そこにいなさい」
近づくミアを牽制するも足を止めなかった。
「違うのです! 悠人様は奴隷商ではありません。誤解です」
「誤解?」
ミアの言葉にピクリと反応し、力がふいに弱まる。
「そ、そんなはずは……」
「悠人様は奴隷として売られていく私を助けてくださったのです。決して奴隷商などではありません」
剣先が徐々に落ちていくのを見て、悠人も羽交い絞めを緩めていく。
同じ会話をしていたはずなのに、この差は何なのだろうか。
「いや、だがしかしだな。手配書もこいつと特徴が似ているのだ」
ソフィアは鎧から垣間見える服のポケットから紙を取り出した。紙を広げると、似顔絵などのない、羅列した文字が目に入ってくる。
「ええと。次に該当する人物を見つけたら、調査の上、本部に引き渡せ――特徴。鋭く切れ長で虚ろな目。鼻筋が通っており、髪は黒で短髪。そして身長190cmのガタイの良い大男……」
そこで途切れ、振り返った彼女はまじまじと悠人を見つめてきた。そして納得したように頷いた。
「おい、なぜそこで頷いたのか詳しく聞かせろや」