4話 『神は試練を与えない』
「起きたようだな」
腕を組み、仁王立ちをした悠人は男を『見下ろす』。顔には微笑みが零れているが、口角が右だけ上がっており、どこか嘲笑めいている。
何事かと体を動かそうとする男。しかし叶わない。それもそのはずで今、男の身体は地面の下で、頭と首だけしか出ていないのだ。つまりは埋められていた。
男は置かれている状況を察したようだ。もがいて抜け出そうとする。
「訂正しろ」
そんな男を冷ややかに見つめながら、小声で呟いた。
「この状況でも俺をチビと言うのかな? 訂正しろ。そして謝れ」
「へ、へへっ。わ、悪かったよ。この通りだ」
男は少々躊躇いながらも首を垂れる。だがそれで隠れた口から何かが白く光る。
そして急に顔をあげた男は隠していた針のようなものを、悠人に向かって吹いた。しかし狙い通り首元に向けられたその針は、二本の指に挟まれた。
「へえ。それがこの世界での謝罪の仕方なのか。勉強になるな~」
指でくるくると針を回転させて二つに折り、わきに捨てる。
「ば、化け物め!」
「ひどいな、チビの次は化け物呼ばわりとは。あれでも結構手加減したんだぜ? まあそれでも? 俺のことそういう風に言うんなら」
悠人は徐に足をあげて男の真上に持ってくる。そして笑みをさらに深めてこう言った。
「俺がどれほど化け物か、見せてやってもいいんだぜ?」
男の顔に血の気が引き、一気に青ざめる。男は首を左右に振って抜け出そうとするが、びくともしない。悠人の足が勢いつけて、目を瞑った男の顔面に迫る。
「ぜ、全部俺が悪かった! だから許して! 殺さないで!」
足が男を横切り、地面を踏みつけた。大地を割くほどの強烈な踏みつけが、けたたましい音となって耳を貫き、死を錯覚した男は白目をむいてくたびれた。
悠人は陥没した地面から足を抜き取り、ふんと鼻息を鳴らす。
「最初からそう言えっての」
木枯らしが頬を打ち付け、悠人は頭に上った血が冷めていくのを感じた。そして広げた手のひらを見つめる。
――これがチート能力か
本当ならば、これは使いたくなかった。だがあんなに侮辱されたのだ。これはしかるべき措置だった。
悠人は自分にそう言い聞かせ、しかし何とも言えない爽快感に自然と表情が綻ぶ。そうして愉快に身を翻したとき、背筋に悪寒が走った。
しまった、この流れは。と冷静になった悠人は前世での生活を思い出す。飽きるほどラノベで見かけたお決まりの展開を。
「あの……」
「すまんが急用を思い出した。失礼する」
そそくさと退散する悠人。当然急用などないが、面倒ごとは御免だ。
「待って!」
走り去っていく悠人を追いかけるが、自分で自分の足を絡めて転ぶ。擦れる砂の音に悠人が振り返ると、泣きそうになりながらも少女が懸命に何かを訴えようとしている。
「待ってください。私はミア・ライトと言いますーーお願いです。どうか私にお供をさせてください」
木枯らしに流されて消えてしまいそうなほどか細く、切実な願い。どうか、どうかと重ね重ね懇願する彼女を目にし、悠人は空を仰いだ。そしていくらか考えるような仕草を見せた後、重い口を開く。
「お前を連れて行く代わりに、俺にどんな得がある」
鋭い眼光にあてられ、少女は肩を跳ねつかせた。それからオロオロと狼狽え、必死に答えを考えている。
「あ、あなた様のために料理を作ります。部屋の掃除と洗濯。それから、ええっと。とにかく何でもしますから!」
愛らしく張り上げた宣言に、耳がピクリと反応する。だが首を振って、彼女を見ると純粋で真っすぐな瞳が向けられている。加えてなぜか誇らしげだった。
悠人は目を瞑り、ため息を吐く。
「勝手にしろ」
背を向けて歩き出す。少女はポカンとしていたが、やがて笑顔に満ち、嬉しそうに後を付いてくる。
これは別に何でもない。ただの従者だ。それに俺は家事が苦手だ。彼女がやってくれるというなら、連れていく価値くらいはあるだろう。
悠人は空を見上げ、まだ遠く離れたところに残っている暗雲を見つめる。そして神と再会する機会があるなら、とりあえずどうぶん殴ってやろうか頭を巡らせるのだった。