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3話 『奴隷美少女』


 鼓膜を引き裂かんとする雷鳴が耳を貫いた。悠人はそのけたたましい音にはっと目を覚まして飛び起きる。


「なんだ!?」


 夢心地もへったくれもない完全に覚醒した悠人は大声を上げて機敏に辺りを見回した。視界に入ってくるのは両側に静かに佇む雑木林と林道。それから、開いた股の間から立ち昇る煙だった。煙の根元には黒焦げの地面が散っている。


「まさか――」


 仰ぐと空の一部分に暗雲が立ち込めていることに気づいた。それもただの暗雲ではなく局所的、遠目でボール程度の大きさしかない雲だった。悠人が気付くや否やその雲は、たちまち冬を感じさせる冷たい風に流されて、逃げるように去っていった。この股間の下で黒焦げになった跡は、きっとあの雲の仕業だろう。


「あの野郎。なんて起こし方しやがる」


 悠人は呆然と流れ去っていく暗雲と晴れ渡った空を眺め、ゆっくりと立ち上がった。すると今度は目眩と頭痛が襲う。


「いってえ。いったいどれくらい寝てたんだ」


 休んで体勢を整え、体を捻ったり飛び跳ねたりして異常がないかを確認する。この世界に来るとき派手に落ちたような気がしたのだが、おかしなところはなかった。


「これからどうすっかな。とりあえず町とか人里とかに行きてえが土地勘ねえしな」


 ジャージのポケットに手を突っ込んで、目を瞑りながら考えていると後方の林から物音がした。咄嗟に振り替える。怪しげに蠢く草むらをかき分け、警戒を強めながらも近づいていく。


 そこにいたのは一人の少女だった。鮮やかな紫色の髪をした少女であるが、どうも様子がおかしい。痩せた体の所々に傷があり、長くおろした紫髪は激しく乱れている。服もただの布切れ同然の粗末なもので、薄汚れている。透き通るほど綺麗なエメラルドの瞳からは恐怖の色が浮かび、震えながらへたりこんでいる。

 思いがけず、悠人は前屈みの上体を伸ばした。


「ここで何してる」


 返事は返ってこない。ただ何かに怯えて、口をパクパクさせるだけだった。なぜそんなに怯えているのだろうか。


「ようやく見つけたぞ!」


 荒々しい声が聞こえ、林の影から大男が現れる。がたいの良い体をドシドシといわせ、不機嫌な表情で少女に歩み寄ってくる。


「いや」


 途端に少女は悠人に縋り付いて後ろに隠れた。腕が恐怖に震えているのが足を通じて伝わってくる。

 少女の態度に男はますます憤り、鼻息を荒くして悠人に視線を移す。


「おい、そこのガキ。そいつよこせ」


 男の指が少女をぴしりと指した。二人のただならぬ雰囲気に悠人は涙ぐむ少女を見下ろした。まだ幼さ残る顔がはっきり見える。しかし、

ーー俺には関係ない

 悠人は一瞬、間をおいて少女の腕を掴む。力を籠める感覚が悠人の心臓を逆撫でにし得体のしれぬ不快感を与える。悠人の動きが止まる。それでも少女を引きはがそうとした。

 しかし少女も引かなかった。ギュッと足に張り付いて離れない。

再び動きを止める。どうしたものかと思案を巡らせ、少女を見つめる。その時だった。二人の様子を見ていた男が痺れを切らしたようにこう告げる。


「さっさと渡せって言ってんだろ、このチビ!」


 ふいに力が抜ける。少女に向けていた視線をゆっくりと男に移す。寝不足で鋭くなった目をさらに細め、眉間に皺を寄せた。


「今何て言った?」

「そいつを渡せ、この凡人のチビガキが」

 完全に侮られている。悠人は掴んでいた腕を放し、無言のまま前に躍り出た。

「やるのか? くそチビ」

 大男は指の骨を鳴らし、下劣な笑みを浮かべる。見下ろされた侮蔑の視線に負けじと睨み返す。

「この俺様に楯突くとはいい度胸だな。その度胸に免じて命だけは保証してやるよ。ただし一生俺の元で働いてもらうぞ。奴隷としてな!」


 口上を述べ、男は勢いよく走り出し、悠人との距離を一気に詰める。獰猛な突進と逞しい腕から繰り出される攻撃の威力は想像するに難くない。それが悠人の顔目掛けて襲い掛かる。

 しかし、今の悠人には見える景色が違った。男の動きがあまりにも遅いのだ。あれだけの口上を宣っておいてふざけているのかと思えるほどに。握りしめた拳からもはち切れそうなほど力がみなぎっている。

ーーなるほどな

 大きく振りかぶっている男の右腕も、こうなってくるとただの隙でしかない。悠人は軽々と避け、代わりに右ストレートを顔にお見舞いした。


「ほげ!」


 声にならない悲鳴をあげ、男は吹き飛び、そのまま数十メートル先の木に激しく叩きつけられた。木々のざわめきに鳥たちが一斉に羽ばたいていく。

 さすがにやりすぎたかと、悠人は男が倒れているところまで近づく。しかし、男は白目をむいて気絶しているだけで、まだ息があった。

 男の無事、というには悲惨であるが、それを確認した悠人の腸はまだ煮えくり返っていた。そして悠人は不気味な笑みを浮かべ、地面を叩き割った。


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