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27話 『嵐の襲来』


 どんよりとした暗雲が垂れ下がる早朝。悠人が務める仕事先のメンバー総員、中央広間へと召集されていた。

 いつもより小一時間早い集合であるせいか、曇りも相まって辺り一面は重々しく薄暗い。皆、目を擦りながら整列しており、ブレイク司令官がやって来るのをひたすら待ち続けている。


「どうしたんだろうな。こんな早くに召集かかるなんて」

 悠人の所属する第一班のムードメーカー、ラフスが眠たそうに欠伸をしながら問いかける。


「さあ? でも確かにおかしいよね。全員が中央広間に集合だなんて……」

 それに答えたのは、紫髪と緑の瞳を持つフロックだった。彼は周囲を見渡し、訝し気に首を傾げる。

 いつもであれば中央広間への集合は第一班だけのはずなのだが、そうではなかったことに違和感があるようだ。他のメンバーも同様の反応をしている。


「つーか、あのおっさん。いつまで俺たちを待たせるつもりだよ」

 早めに呼びつけておいて一向に動きがないことに痺れを切らせ、悠人は苛立った声で不満を垂れた。


「そうだよな。俺たちには遅刻だのサボりだのしてたら、怒って腕立て伏せなのにな。自分の時はOKだなんて都合のいい人だぜ、まったく」

「同調すんじゃねえよ。黙ってろ」

「味方してやったのに!? ひどい仕打ち!」


 喧しい声を上げるラフス。悠人は朝からうるさいと、眉を顰めてキンキンする耳を塞いだ。


「付き合い長いんだし、もっとマシな扱いしてくれてもいいじゃねえかよ。相棒」

「誰が相棒だ。せいぜい赤の他人だろうが」

「え? それはちょっと泣くよ? さすがの俺も」


 心無い悠人の言葉に、ラフスは思いがけず泣き出しそうになる。それを慰めるようにフロックが穏やかな瞳を向け、柔らかい口調でこう告げる。


「まあまあ、悠人君もきっと照れてるんだよ。すぐに仲良くなれるさ。だから頑張れ、ベンジャミン!」

「ありがとう、フロック。お前って本当に良いやつだな。だけどな。俺の名はラフスだぞ。それとも何か。実は二人して俺をいじめてるのかな? もう本当に泣いちゃ――」

「ちゅうもーく!」


 ラフスが話している途中に、高らかな声が割って入った。悠人たちの視線は強制的にそちらに向けられる。


 会話すら遮られて踏んだり蹴ったりのラフスではあるが、正直どうでも良い――と言うより本人もそこまで気にしていないようだ。先ほどの泣き出しそうな顔をすっかりと消え去っており、彼もまた声のする方向に体を向けている。


 果たして悠人たちの前に立っていたのは、ブレイク司令官ではなく、見たこともない男だった。

 一同を流し見した後、全体に聞こえるように大きな声で話し始める。


「まずは長い間、待たせてしまって申し訳なかった……私は第二班長のジョンだ」

 あのおっさんではないのか、と悠人は少し意外そうに眼を見開いたが、周りのシンとした雰囲気に呑まれ口を紡ぐ。


「今、君たち全員に集まってもらったのは他でもない。明後日に行われる祭りの件についてだ」

 真摯で重苦しい言葉遣いに、周りの空気が凍り付く。第二班長は躊躇うように息を吸い、一瞬間をおいて口上を述べた。


「……大変残念なことだが、今年のスラスト祭は中止と相成った」


 班長から告げられた衝撃の事実に、そこかしこからざわめき声が上がる。そのざわめきは次第に大きくなり、戸惑いの様相を呈し始める。


「ちょっと、待ってくださいよ! どうしてそんなことに!」

 狼狽えるメンバーの中から、ラフスが手を上げ班長に質問する。

 今まで苦労に苦労を重ねた祭りの準備。ここにいるだけではない、町中の人々が楽しみにしていた祭りが、中止という一言に一蹴されたのだ。

 皆を代表するその質問に注目が集まる。班長はこほんと咳払いをして、


「奴だ――『嵐の災厄・グランドタートル』の襲来だ」


 騒然とした空気が一気に伝染した。ざわめきは混沌へと変わり、今まで静かだった雰囲気が嘘であったかのように嘆きの声が聞こえてくる。


 信じられない、そんな、どうしてこんなときに。

 周りの悲嘆の言葉に理解が追い付かず、悠人は隣のフロックに声を掛ける。


「おい……おいフロック」

 しかし彼には返事がない。放心状態で口を聞けないようだ。仕方ないと今度は口うるさいラフスの肩を叩いた。


「グランドタートルってのは何だ」

「嵐を振りまきながら歩くでけえ災獣のことだよ! そいつが通過した後にはすべてが粉々になるっていうあのグランドタートルだ。本当に聞いたことねえのか?……くそ、どうしてなんだ!」


 地団駄を踏んで悔しがるラフスに、悠人は何も言えずに立ち尽くす。すると「静かに」という騒音を掻き消すほどの通る声が、中央広間に響き渡った。

 班長である。彼はまだ話は終わっていないと前置きをし、声高に言った。


「ほんの先ほど入った情報だ。何せ緊急事態だからな。王国自警団も対応に追われていて、祭りの準備などしている暇ではなくなったのだ――恐らく近いうちに町の住民にも知らされるだろう。皆も今日は帰宅して嵐に備えるように。以上、解散」


 それだけを言い残し、その場を去っていく班長。しかし、彼の指示にすぐに反応できる人はおらず、暫くの間、混沌とした状態が続くのであった。



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