26話 『不穏な影』
今回はちょっと短めです。予めご了承ください。
すっかりと静まり返った夜。
月明りで薄暗い無人の通りを一つの影が通り過ぎていく。ひんやりとした街中を無駄のない動きで駆け抜ける影。その足は、商店街外れにある一戸の小屋へと向かっていた。
僅かに照らされる月明りを憚り、フードを深く被る影はたどり着いた小屋の前で立ち止まった。
そして周りに誰もいないことを再確認し、玄関の扉を叩く。
「私だ、ここを開けろ」
返事がないのでもう一度扉を叩く。するとようやく玄関の奥から声が聞こえ、覗き穴の蓋が開く。
「合言葉を言え」
「……合言葉なんてねえだろ。ふざけてねえでさっさと開けろ」
「違います! 出直してきてください!」
覗き穴の蓋が閉まった。男は苛立ちを露にし、思わず扉を強く叩いてこう告げた。
「おい開けろ。殺すぞ」
「わっかりましたよー。開ければいいんでしょ」
低く冷淡な言葉遣いに扉が解錠する音が聞こえる。そしてゆっくりと開いたその先に、一人の少年が立っていた。
「てめえ、ほんとにいい加減にしろよ。今度やったらマジで潰す」
「えー、良いじゃないですか! 雰囲気出てたでしょ?」
男は被っていたフードを脱ぎ、少年を押しのけて家に入っていく。少年は不満げに口を尖らせながら、リビングの椅子に腰かけた男へと歩み寄った。
「んで、例の奴隷の子。見つけたんすか?」
「ああ、見つけた。あれで間違いないだろう」
「さっすが――だってよ。奴隷商の旦那」
少年の視線は、部屋の端っこで座り込んでいる大柄な男の方へと移される。大男は震える体を体型に似合わず縮こまらせ、徐に顔を上げた。
「ほ、本当か?」
「嘘はついてどうなるの――見つかって良かったね」
「ああ……」
どこか煮え切らない大男の態度に目を遣り、少年はけらけらと笑い出した。
「いや~、でもあの時はびっくりしたよ。来るの遅いなーって思って見に行ったら、地面に埋まってたんだもの。本当、どうしたらそんなことになるんだか」
「……うるせぇ、思い出させんな」
「あれれ? 声が小さくなってますけど、もしかしてビビってんですか? まあ失禁までしてたら世話ない――」
「うるせえ!」
少年の煽りに、奴隷商は怒りに任せて壁を叩いた。木でできた壁はその部分だけが破壊され、ボロボロと破片が落ちていく。
「そんなに怒んないで下せえよ、旦那~。ちょっとからかっただけじゃないですか~」
手を挙げて降参のポーズをしているが、口調にその色はない。奴隷商は少年を無視して、再び蹲る。
「まあ、本当によかったよね。旦那のとこのオヤジさん。怒らせるとめちゃ怖いから。奴隷逃がしたなんてばれたら首が飛んじゃうよね~。あっ、今のは奴隷商としてのクビって意味じゃなくて、本当に首が飛ぶってことね」
「……言うな」
今にも泣きだしそうな声で呟く奴隷商。彼はゲラゲラと高笑いをする少年から、椅子に座る男へと縋るような視線を送った。
「なあ、本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫に決まっているだろ」
「だが、あの目つきが悪いチビ。あいつはただものじゃねえんだぞ」
「は? お前こそ、俺らを誰だと思ってる」
男はふっと笑って椅子から立ち上がり、羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。そして鍛え上げられた腕に宿した龍の刻印を誇示し、得意げな表情でこう告げた。
「この『漆黒の闇龍団』に任せろ。お前は大船に乗った気でいればいい」




