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2話 『神の間というよりお茶の間』


 光が悠人の身体を包み込む。目がくらむような光に顔を背けながらも、徐々に弱まっていくのを感じてゆっくりと目を開く。


「ここはどこだ」


 辺りを見回してみる。散らかっているはずのごみ袋の山はなく、部屋も少しだけ広くなっている。そしてフローリングだった部屋が畳部屋になっており、中央には見慣れないちゃぶ台と壁際には液晶テレビが不釣り合いに置いてあった。

 明らかな異変に悠人は戸惑い言葉を失う。


「お、来たか」


 悠人の背後から低い声が投げかけられる。振り返ると中肉中背の中年男が、両手に湯飲みを二つ持って立っていた。長いぼさぼさした髪をゴムでまとめ、悠人ほどではないが悪い目つきでこちらを見下ろしている。


「立ち話もなんだ。そこに座れ」


 悠人とすれ違い、ちゃぶ台へ向かう中年。そして後ろから付いてきた一匹の白猫が胡坐をかいた膝の上に乗っかる。

 悠人は戸惑いながらも男の指示通りに向かい側に座る。


「ようこそ、神の間へ。まずは歓迎する」


 茶を差し出す男に対し、悠人は鼻で笑って受け取る。


「これはこれはご丁寧にどうも」

「ほう。驚かんのか」

「小説でよく見た展開だからな。それに驚いたっつーより、毒気抜かれただけだ」


 ほうと頷いて湯飲みに口をつける。悠人は黙ってその様子を眺める。


「名乗り遅れたな。私の名はアラン。見ての通り神だ。因みにお前の名は知っているから名乗らんでもいいぞ。綾崎悠人君」

「それで。その神様が俺に何の用だ」

「『何の用』かって?」


 アランの表情が曇っていく。鋭い眼光をさらに鋭くして、台を叩いて指をさす。


「お前! よくもあんなこと書いてくれたな! つまらないだの面白くないだの、低評価までつけやがって!」

「あ? 本当のことを言ってやっただけだろうが! そのことに気づかせてやったんじゃねえか。むしろ感謝してほしいくらいだね」

「何が感謝だ。一介の人風情が。そんなんだから、お前は不人気作家なんだ」

「な!? 今それは関係ねえだろ」

「本当のことを言ったまでだ。やーい。底辺作家ぁ」

「てめえ!」


 悠人は立ち上がり、アランの胸倉に掴みかかろうとする。しかし、彼は一向に動じることなく代わりにこう呟いた。


「動くな」


 悠人の身体が途端に動かなくなる。体中にのしかかる重圧に悠人は倒れこんだ。


「今のは言霊縛り。ここは神の間だぞ。暴力行為は控えてもらおうか」


 重圧が解かれ、悠人はゆっくりと起き上がる。アランが座れと言い、悠人は舌打ちをしながら元の場所に戻った。

 悠人は眉間に皺を寄せ、不機嫌に頬杖をつく。暫く黙って台の茶を見つめていたが、沸々と湧き上がる怒りに口を開いた。


「大体、チーレムってなんだよ。なんで主人公が最初から強いんだ。修行や苦難を乗り越えて強敵と手に汗握るバトルを繰り広げながら、成長していく過程がまるで描かれていない。それに恋愛というのは、男女の絶妙な駆け引きと感情の変化、そしていくつもの障害を乗り越えて……」

「おーよしよし。可愛いでちゅね」

「聞けよ」


 膝の白猫をあやすアランを睨みつける。白々しく怖いよと震え出す。


「それがいいのではないか。爽快感があるし、男のロマンだ」

「はっ。わからねえな。それに現実味がねえ。俺ならチート能力なんて絶対受け取らねえし、ハーレム状態になんてさせねえ。仮になったとしてもハーレムなんてすぐに解散させるね」

「いや、それはないでしょ。さすがに」

「いや、絶対だ」

「神に誓って?」

「ああ、お前じゃねえ別の神に誓ってだ」


 チーレム展開を歩むなんて何の面白みもない。やはり人生には苦難がなければ。それを乗り越えた先に、本当の力と真実の愛があるのだ。

 悠人は自信ありげに頷いて見せた。


「じゃあやってみろ」


 アランは静かに言った。悠人は不可解な顔をして固まる。


「私が書いた小説。その中に入ってそれを証明して見せろ」

「はあ!?」


 驚いた悠人はちゃぶ台に膝をぶつける。ジンジンと痛む膝を無視して、見開いた目を神に向けた。湯飲みの茶が少し零れ、ゆらゆら揺れている。


「ユートアシス。あの小説の世界だ。お前の言う『チーレム』がそこまで浅いものだというのなら、行って行動でそれを示せ」


 アランは手をあげる。それと同時に悠人の周りに魔法陣が出来上がり、部屋を青で暗く照らす。


「待てよ! なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだ!」

「あれ~? 人の作品をあんなに酷評しておいて、まさか嫌だとは言わないよな?それとも怖いのかな?私の小説の素晴らしさに気づいてしまうことが。それならそれで構わないけど、やる前から負けることを考えて逃げるなんて負け犬、いやそれ以下の思考回路だな」


 悠人の指がピクリと動く。ほくそ笑んだ下劣な表情のアランを鋭い眼光で睨みつけ、笑みを返す。


「はっ、上等。やってやろうじゃねえか。そして声高に叫んでやる。やっぱくだらねえ作品だったってな!」

「……チョロすぎ」

「なんか言ったか」

「いや何にも」


 魔法陣が光を強める。悠人は覚悟を決めて光を見つめる。


「それと」


 アランが近づき、悠人の額を人差し指でつつく。一瞬だけ光ったがそれ以降何も変化がない。


「はい。これチート能力。身体能力と魔力の爆上げね」

「は? 何言って……」

「それじゃ、頑張ってくれたまえ」


 アランが指を鳴らすと魔法陣が開く。恨み節を言うことも叶わず、悠人は時空の歪んだ狭間へと引き込まれていった。


****


 鳴らした指が魔法陣を閉め、遠ざかっていく叫び声に蓋をした。アランは短くため息をつき、ちゃぶ台へと戻る。


「あれでよかったのでしょうか。神様」


 アランの視線は畳の上で背伸びをしていた白猫へと向けられる。そして少し考えたように目を瞑り、気怠そうに頬杖をつく。


「心配いらないってば。というよりいつまでその格好でいるつもり。クレナちゃん」


 無言で彼を見つめていた猫の身体から唐突に白煙が噴き出す。漂う煙は段々と晴れ、その陰から一人の少女が現れた。美しく白い髪を手で整え、ジト目をアランに向ける。


「勝手にこんなことして。ばれたら大目玉ですよ」

「私にだってちゃんとした考えはある。大丈夫。責任は私が取るから」

「ちゃんとした考えって……」


 クレナは疑るような瞳をどこからともなく出てきた書類に落とす。


「綾崎悠人、20歳。身長162cm。体重56キロ。体型的に優れているとは言えません。それに都内の一流大学に合格はしているものの、その年に留年。その後大学に行かずにニート生活。確かに素養はあるみたいですが、到底適任者とは思えません。どうしてそこまで彼に拘るのか。理解に苦しみます」


 アランは無言のまま、魔法陣があった場所を眺めている。一向に変わらないその態度に歯痒さは消え、代わりに諦めのため息が零れ落ちた。


「私、本当に知りませんからね」


 口調を強めてそう言い放ったクレナは、畳部屋を出ていく。扉が擦れて閉まる音がする。アランは暫くそのままでいたが、やがて頑張れよとだけ呟き、湯飲みに残った茶を飲み干した。



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