19話 『ベンジャミン』
前回の続きからです。
「ルナ。そろそろ行きますぞ」
影を潜めていた老人が三人の会話に割って入る。物腰の柔らかい老人は会釈をして、舞台の方へと向かっていった。
「兄様、私、行ってきます」
「行ってらっしゃい。頑張っておいで」
「はい!」
愛らしく声を張り上げ、ルナは老人の後を付いていった。その背中を眺めて、悠人に尋ねる。
「じゃ、僕は昼飯でも買ってこようかな。悠人君はどうするんだい?」
「俺は飯持ってきてるから、あそこで食べるわ」
「了解。それじゃまたね」
そう言って彼は中央広間から出て行った。買いに行くと言っても時間があるわけでもないから、近くの弁当屋にでも行くのかななどと考えながら、悠人も木陰の方に足を運ぶ。
途中の荷物置き場に寄って、自分の袋から昼飯を取り出す。そして木にもたれ掛かってゆっくりと飯を食べ始める。
「お疲れ様です。悠人様」
一口目を口に含んだ時、後ろから透き通った声がした。悠人は面倒くさそうに首だけを反らす。
ミアだ。目が合うとすぐ、明るい笑顔を向けてきた。
「なんでこんなところにいるんだ。バイトは良いのかよ」
「今、昼休憩なので来ちゃいました! ダメ、でしたでしょうか?」
「ダメって程でもねえけど。わざわざ来んでもいいだろうに」
悠人に近寄り、傍に座ってきたミア。彼女はそうだと閃いたように、小さなバックから木の筒を取り出す。
「これを渡しに来たのでした……はい、悠人様! 水筒です」
悠人は差し出された水筒を手にする。
「別に要らんけどな」
「水分補給は大事ですよ。今は真夏ではありませんが、冬だって水分を失うらしいですから」
「そうかよ。まあ気が向いたら飲むわ」
「せっかく女の子が気をつかって来てくれたってのに。つれねえこと言うなよ、悠人」
素っ気ない返事をして水筒をわきに置く悠人。そんな彼を咎めるように一つの影がこちらに歩み寄ってきた。
平凡な見た目に、平凡な体つき。中肉中背で、歩き方も着こなしも特にこれと言ったところはなく、声色が高いわけでもなければ低いわけでもない。ザ・普通の男と呼ぶにふさわしい彼だが、唯一他の人間とは違う部分がある。それは――
「何の用だ。アルフレッド」
「ラフスだ! いい加減覚えろよ! 少しもかすってねえじゃんかよ~。なんだ? 俺の印象が薄いっていうのか? それめっちゃ落ち込むから。辛辣すぎだから。だが俺は諦めねえ! いつか俺はビッグな男になってみせるぜ! くぅ~、そこに痺れる、憧れるぅ!」
うざい。とにかくうざい。絡み方がうざい。そしてうるさい。
普通に黙っていれば良いのにと思ってはいるものの、どうやらそれができないらしい。感情で動くタイプの人間で、悠人が一番苦手としている人種だった。
「あー、すまんすまん。謝るから許してくれ。そしてさっさとこの場を立ち去ってくれ、ベンジャミン」
「謝る気のない謝罪をありがとう! って名前が違う! アルフレッドはいづこ!? 反省する気さらさらないよね!」
「そう言われてもな。なんかお前の名前を聞くたびに、頭に靄がかかったみたいでどうも思い出せなくなる。もしかしたらお前、認識阻害の才能があるのかも。名前に関してだけ。よかったな」
「何その、意味のない役に立たないピンポイントな能力。全然うれしくないんだけど……ってそんなことはどうでもいいんだよ」
ベンジャミン、もといラフスは眉を顰めて、ミアとは反対方向に座る。そして悠人の顔を指差し、睨みを利かせた視線を送る。
「悠人、お前さ。女の子が可哀そうだろうが! もっと愛想良くしてやれよ。いつも辛気臭い顔しやがってよ」
「俺は別に頼んでない。こいつが勝手に持ってきただけだ」
「かぁ~、ほんとつれねえな。ちょっとこっち来い」
首根っこを掴まれ、悠人は無理やり木陰から連れ出される。そして肩に腕を回され、ラフスの顔が間近に迫ってきた。鬱陶しい。
彼はミアに聞こえないように、声を潜めてこう述べた。
「あのめっちゃ可愛い子誰よ。タイプなんだけど」
「説教しに来たんじゃねえのかよ」
連れ出して何を言ってんだと、悠人は回された腕を振りほどいた。
「だってさ! 悠人が素っ気ない態度取ってるから、一言言ってやろうって近づいたら、めっちゃ可愛いんだもん! 反則だろ! 目はパチクリしてるし、顔ちっさいし、髪ツヤツヤだし、声透き通ってるし。完璧だろ!」
声を潜めたと思えば、急に叫びだしたラフス。騒々しさに悠人はげんなりと肩を落とした。
「そして何といってもあの胸! あそこに夢と希望とロマンが詰まっているなんて。俺の心、惑わされるぅ!」
「最低かよ」
ラフスの視線が、遠くできょとんとしているミアの胸元に注がれる。
カーディガンの上からでもはっきりとわかる膨らみ。それを凝視するラフスに、悠人は冷ややかな軽蔑の目を向けた。
「いや、これ悠人の立ち位置な気がするんですけど!……まあいいや。んで、悠人。あの子誰よ。一体どんな関係なの?」
「あいつはミアだ。訳あって一緒に住んでる」
「一緒に!? 羨ましすぎだろ!」
「一緒にって言っても、従者みたいなもんだ。勘違いするな」
悠人は語調を強めてラフスにくぎを刺す。彼はうんうんと頷いて切り返す。
「そういうプレイってこと?」
「ふざけんな」
何もわかっていなかった。悠人は彼を軽く睨みつけて否定する。
しかし疑う気持ちも理解できないわけではないため、あまり責めても仕方ないなと悠人はため息をついた。
まだ続きます。




