18話 『巫女さん』
未だ朝の冷えた空気が残る午前。
悠人はルーシーに紹介されたバイトのために、スラスト町の中央広間へと赴いていた。作業内容は劇やダンス、スラスト町の醍醐味――『巫女の舞』が行われる舞台の設営であり、朝っぱらから木材やら魔法道具やらを持ち運んでは組み立てをしている。
そしてこのバイトは3班に分かれており、悠人は第1班として、班長の指示に従いながら舞台の建築に当たっていた。
「よし、それじゃ持ち上げるよ。悠人君」
「うーい」
「いっせーのーせ!」
そう掛け声を放ったのは、同じく第1班のメンバーであるフロックだった。彼とはよく一緒に作業をする仲であり、今もこうして二人で協力して大きな木材を持ち上げている。
加えて彼は分け隔てのない優しい好青年のため、ちょくちょく会話などを交わしている仲でもある。
「えーと次は……」
土台に積み重なった木材の上に、持ち上げた木材を乗せた。そして紫色の短髪と緑色の瞳が特徴的なフロックは、設計書通りに土台に木材を括りつけていく。
「できた。ふう、あらかた終わったね」
額の汗を拭い、残り少なくなった木材を見つめて息をつくフロック。
「いや~、今年はなんか仕事の減りが速いような気がするよ。君のおかげだね」
「さあ、どうだかね」
「謙遜しなくてもいいじゃないか。手際がいいし、力持ちだし、頭もいいし。知ってるかい? 他の班よりだいぶ進んでるらしいよ」
折り数えて利点を探るフロックに、悠人はちょっとだけ満更でもない顔をする。しかしそれを面と向かって表に出すわけにはいかないので、彼から目を逸らす。
「そうか? お前は喋ってばっかだし、非力だからプラマイゼロなんじゃねえの?」
「し、辛辣だね」
苦し紛れに出た悪態をつき、悠人は残りの木材の一端を持ち上げる。続けざまに顎をしゃくり、フロックに協力を煽ぐ。
「さて無駄口はここまでだ。さっさと残りを終わらせるぞ。何せ仕事量半端ねえし、他にもやることあるからな……あのじいさんはマジで頭おかしい」
「はは、それは言えてる」
「それに無駄口叩いたことがばれたら、面倒なことにな――」
「全員、作業やめ! 集合!」
噂をすればなんとやら。
全ての班を束ねる司令官、兼、悠人たちの所属する第1班の班長――ブレイクが号令をかけて作業員たちを集める。
悠人たちが円を描くように集まったのを一瞥し、彼はぴしっと背筋を伸ばして高々と叫ぶ。
「皆、作業ご苦労! 12時だ、これから昼休みに入る! ただその前に皆に紹介したい人がいる」
ブレイクが視線を後ろの方に外す。するとそこにいた二人の人物が前に出てきた。
一人は杖を突いた老人。背筋が曲がっており、年季の入った服装やしわくちゃな顔から大分、高齢であることが見て取れる。
そしてもう一人がミアと同じくらいの年齢の少女だった。紫色の髪にエメラルドのように煌めく瞳。悠人の背丈と変わらないくらいの彼女は、無言のまま老人の後ろにくっついている。
髪も目の色も違い、面影も似てない二人。しかしおじいちゃんとその孫娘という関係が相応しく見えるほど、気心の知れた雰囲気に包まれている。
「紹介する。この中央広間で巫女の舞を披露する神社の娘、ルナと付添人のリアムさんだ」
初めましてと穏やかに会釈をする老人。彼に倣い、ルナもペコリと頭を下げる。
――ああこの子が。
平時でも巫女服に身を包んで出歩くなんて巫女も大変だなと、悠人は可憐でおとなしそうな彼女を見つめる。しかし悠人の鋭い視線に怯えたのか、若干引き身で老人の袖を掴んだ。
これは嫌われたなと他聞をはばかるように、隣のフロックに話しかけようとした。
「おい、そこ! 私語は慎め!」
学校の先生のみたいな文句で叱られ、悠人は口を尖らせて軽く舌打ちをした。ブレイクは何か言いたげだったが、それを薙ぎ払って視線を全体へと移す。
「彼らは今から2時間ほど、舞台でリハーサルを行いたいそうだ。それに伴い、昼休憩後は別の作業をしてもらう」
ブレイクは未完成の舞台を一瞥してそう言った。未完成と言ってもほとんど出来上がっており、舞台の上で踊ってリハーサルを行う分には十分であった。
「詳細は40分後の集合際に説明する――以上だ。解散!」
男たちへと視線を戻し、彼は右腕をピンと挙げて締めくくった。男たちは失礼しますと一礼して、各々談笑を始めたり、昼を食べに行ったりする。
悠人も木陰辺りで昼食がてら羽を伸ばそうとした矢先、紹介された少女がとてとてと拙い歩幅でこちらに向かってきた――正確には悠人の方ではなく、隣のフロックの方にだが。
彼女はフロックを見上げ、穏やかな声を上げる。
「お仕事お疲れ様です。兄様」
「やあ、お疲れ。ルナ」
フロックは挨拶を返し、ルナの頭を撫でる。心なしか顔を赤らめ、彼女は嬉しそうな笑顔を向けている。
「あー、もしかしてお前ら兄妹か?」
「そうだよ。さっきも紹介されてたけど、この子は僕の妹のルナ。今年で15歳になるんだ。どう? 可愛いでしょ?」
悠人は二人の顔を交互に見つめる。確かによく似ている。髪や目の色は同じだし、少し垂れ下がった目とか、顔の輪郭とか、滲み出る優しい人オーラとか。面影がかなり似ている。
「可愛いかどうかは別として、お前がシスコンなことはわかった」
「なんでそうなるのさ! この可愛さがわからないなんて、きっと君は人生の半分は損してるよ」
「やっぱそうじゃねえか」
さっきから、よしよしと赤子をあやすように撫でているフロック。否、あやすというよりは溺愛しているというのが正しいのだろうか。今まで好青年と思っていただけに、悪い意味でギャップが凄い。
そして妹の方は妹の方で、テレテレと頬を赤く染め続けている。
なんかちょっと危ういな。この兄妹。
次回に続きます




