17話 『奴隷少女がなんかやってる』
仕事からの帰り道、河原を立ち去った悠人は商店街に差し掛かり、宿屋のある方向へと向かう。
雲の合間から覗く日もすでに暮れかけており、後は帰って寝るだけの悠人。しかし商店街を歩くその様はどこかおかしい。視界が低迷しているせいでフラフラとふらつき、覚束ないような足取りで歩いている。
「頭いてえ。だる」
キンキンと脳内に鳴り響く頭痛と、体の力が底から抜けていくような倦怠感に苛まれながら、悠人はアスファルトの街道を進んでいく。
「チート能力って使いすぎるとこうなるのか。くそっ」
実をいうと、河原を出たあたりから少しずつ体調に変化が表れていた。恐らく、ブレイクに無理難題を強いられた挙句、河原でのソフィアとの手合わせが決定打となったのだろう。
その反動が今になって返ってきたと、悠人はチート能力を使いすぎてしまったことを後悔する。
「今日はちょっとばかし熱くなりすぎたな。注意しねえとっと……ん?」
知らなかったとは言え、乱用は禁物。と自省の念に駆られる悠人の耳に、商店街沿いの店からガシャンと何かが割れるような音が入ってきた。
その後に続く、ごめんなさいの声。心地よいくらいに高くて、惚れ惚れするほど透き通った声に、悠人は嫌な予感がした。だが確認せずにはいられない。悠人は、顔を歪めながら飲食店らしき店に入店する。
「やっぱりお前か」
店に入って最初に目に飛び込んできたのは、飛散した食べ物や皿の破片を拾い集める紫髪が綺麗な少女、ミアだった。
彼女はカンカンに怒った先輩らしき人物に、これでもかと言うほど謝罪を繰り返している。
「ミア! お前、またやらかしたのか!」
「ごめんなさい!」
「毎回、毎回失敗ばかりしやがって。店長は何を考えていやがる……」
「うう、ごめんなさい」
「あーもー、ほら客が来たぞ。ここはもういいから対応しろ」
「はい」
肩を落として落胆するミア。しかし、客にそんな姿を見せるわけにはいかないと気を取り直して、彼女は視線を上げた。
二人の目がかち合う。
「ゆ、悠人様? どうしてここに……」
「俺がここに来ちゃいけねえ理由でもあるのか」
「も、申し訳ありません! そういうつもりじゃなくって……ええと、いらっひゃいませ」
今、完全に噛んだな。
そう思いながら、恥ずかしくなって真っ赤になるミアに案内され、悠人は窓際の席へと移動する。
ミアは失礼しますと言って奥の方へ入っていった。その間、悠人は席に置かれていたメニューを眺める。肉料理や魚料理、日本では見ないような生物の顔が添えられたシチューなどが載っており、どれにするか流し目で選んでいく。
ミアが水の入ったコップをトレイに乗せて戻ってきた。コトンと席にコップを置くと、さっきとは打って変わって笑顔で接客に臨んでいる。
「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのベルでお呼びください」
「いや、もう決まった。サンダーイーグルのフライドチキンってやつを一つ」
「……はい! かしこまりました!」
自信ありげにウインクをしたミアは、店の奥のキッチンへと向かっていった。
窓際から外を見つめ、ぼんやりと料理が出てくるのを待つ悠人。外はもう夕陽も見えなくなり、行き交う人々の数も減ってきたように思われる。
そんなことを考えながら、数十分が経っただろうか。出来上がったらしく、ミアが巨大な皿に盛られた料理をテーブルに置いた。暖かなスープの匂いが漂い、悠人の食欲をそそる。
「ところで、お前。なんでこんなところで働いてるんだ?」
伝票をテーブルの端に置いたミアに、悠人は頬杖を突きながら質問する。
「それは……ルーシー様に悠人様が仕事をなされていると聞いたので、私も何かしないとと思いまして。もとはと言えば、私のせいなので」
「それであの大惨事か。店主も物好きだな」
「うう、ぐうの音も出ません――でも任せてください! きっと立派に働きぬいて、悠人様のお役に立って見せますから!」
「おお、それは結構な心意気だな……さてここで聞きたいことがもう一つある。これは何だ」
悠人はテーブルに置かれた巨大な皿を指差して問いかける。
ミアは視線を落として、きょとんとした表情を浮かべ、
「リヴァイアサンのフカヒレです」
「全然違うじゃねえか!」
ドンと机を叩く音に反応して、ミアはびくっと肩を跳ねつかせる。
「ごめんなさい! 今すぐお取替えさせていただきます!」
ミアは慌てて皿を持ち上げて、キッチンのある奥の部屋へと向かっていく。
「そもそも何だよ、リヴァイアサンのフカヒレって」
伝承でしか見たことはないが、あの怪物をフカヒレにしてしまったのだろか。この店結構やばいんじゃないかと思いながら、去っていくミアの背中を見つめる悠人。
すると彼女は自分で自分の足を絡め、盛大にフカヒレをぶちまけた。
奥の方から先ほどの先輩店員が出てくる。怒る。謝る。片付ける。事情を聞いてまた怒る。
「本当に大丈夫かね」
と毎度の如く繰り返されるミアの惨事を眺めながら、悠人はそう呟いたのだった。




